荘興、真白い髪の少女と出会う
019 徐平、父の文を懐に荘興に会う・1
客桟・千松園の『江長の間』は二階にある。
その名の通り江長川が見下ろせる上客用の部屋だ。
宿帳を持った徐黄正は、階段を一歩一歩、慎重に上がった。
客桟の亭主となる前に、荘本家の下で出入りの場に加わり、彼は腰に刀傷を受けた。それより歩行に不自由している。
『江長の間』では、趙蘆信と名乗った若い男が黄正を待っていた。
二人の女たちは奥の部屋で旅装を解いている最中なのか、その姿は見えない。
「宿帳のご記入をお願いに参りました。
茶菓子の類いは、通いの女がのちほど持ってまいります」
「承知」
その言葉使いと所作に、かなり旅慣れた若者だと黄正は思う。
宿帳に記帳する男の手元を、さりげなく見つめた。
よい教育を受けてきた者の字体だ。
「隣の呉建国から参られましたか?」
「そうだ」
「青陵国は初めてでございますか?」
「そうだ」
返す言葉は短いが、会話を嫌がっていない様子。
もう一押ししてもよいだろう。
「青陵国ではどちらへ向かわれます?」
「都の安陽へ行くつもりだ」
「さようでございますか。
千松園には、何日ほど、ご逗留される予定でございましょう?」
「女たちに旅の疲れが見えるゆえに、数日、厄介になろうと思う」
「それはよろしゅうございます。
安陽も美しい街並みの都と聞いておりますが、南の都と言われるこの慶央もなかなかに美しい街でございますよ……」
「……、承知」
黄徐の言葉の端を折った若者の返事には、亭主がなかなかに席を立たぬことに対するいら立ちが含まれ始めた。
おりよく、外で人の気配がする。
「旦那様、茶と菓子を持ってまいりました」
「おお、それはちょうどよい。入りなさい」
茶と菓子が卓上に並べられて、女が下がると再び黄正は言った。
「この菓子は、せがれの徐高が作ったものにございます。
春に採れました青梅の種を抜いて蜜に漬け込んだものを、海藻の
見栄えと言い味と言い、なかなかの評判の菓子にございます……」
蘆信の苛立ちに気づかぬふりをして、黄正は喋りつづける。
そして、女二人がいる隣の部屋を見やった。
江長川で楽しむ釣りのようなものだ。
釣り針に菓子という餌はつけた。
あとは釣れるかどうか。
その時、隣の部屋との間を仕切っている垂れ布が捲れた。
一人の少女が飛び出してきた。
慌てて引き留めようとした年かさの女の手元には、少女の袖なしの羽織りものが抜け殻のように残された。
少女を一目見て、自分で釣り糸を垂れながら、釣れた魚の大きさに驚いて黄正は腰を浮かした。
「これは、なんと愛らしいお人であられることよ……」
誰に断るでもなく、少女は卓上の菓子の皿に手を伸ばすと、それを目の高さまで持ち上げた。ふるふると揺れる透明な海藻の中で、蜜づけの青梅が薄青色に輝いている。
彼女は笑みを浮かべ、右に左にと小首を傾げながらそれを眺める。
赤い紐を絡ませて編んだ真白い髪が、その背中で可愛らしく弾んだ。
趙藍がため息とともに言った。
「喜蝶さまは、美味しい菓子に目がありませんゆえに」
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