015 趙藍と蘆信、真白い髪の少女と共に西華国を旅立つ・6


 白い髪に生まれつく者がいるということは蘆信も知っていた。

 蛇や獣に、時々、全身の白いものがある。

 それと同じで、人もまた白く生まれつく者がいる。


 街を歩く者のなかにそういうものを見かけた。

 それどころか、妓楼でそれを吉兆として売り物にしていた女もいた。

 物珍しさもあって抱いたこともある。


 しかしながら、喜蝶という少女は髪は真白かったが、三日月のように細い眉はくっきりと黒かった。そして、ガラス玉のように輝く金茶色の目を縁取る長い睫毛も、また黒かった。

 それが細く形のよい鼻梁とあどけなさを残した口元と相まって、彼女の美しさをいっそう引き立てていた。


 だが、少女の美しさはその容姿だけからくるものではない。


 彼女は言葉が不自由だった。

 一度に話せるのは、単語が一つか二つ。

 美しい顔をひそめて、考えに考えてやっと思い出したというように口にする。

 そのけなげさと哀れさに、心を奪われないものがいるだろうか。



 また少女は横笛の名手だった。

 錦の袋に入れた愛笛を肩にたすきに背負い、常に片時も身から離さない。


 その横笛は、〈朱焔〉という。

 少女が、おぼつかない口調でその笛をそう呼ぶのだとは、趙藍が教えてくれた。


〈朱焔〉はその名の通り赤い。

 竹や木で出来ているのでもなく、また玉石をいたものでもないとのこと。

 触れると冷ややかであるので金属で作られているように思われるが、それにしては軽いのだとも趙藍は言った。


 そしてまた、彼女は言った。


 ある日の西華国の宮中での出来事。

 宮中でのことは、いっさい話そうとしない趙藍が珍しく語った。


 刺客に襲われた幼い項楊正をかばった喜蝶さまは、刺客の振り下ろした刀を〈朱焔〉で受け止めた。そして、あとで確かめると、〈朱焔〉は大の男の振り下ろす刀を受け止めて、傷一つついていなかった。

 しかしながら〈朱焔〉の由来を確かめようにも、言葉の不自由な喜蝶さまではむつかしいことなのだと、最後に趙藍は言った。


 正体の知れぬ追っ手から逃げるしかない旅の途中では、気の向くままに笛を吹くことは叶わなかった。

 それでもまったく追っ手の気配の感じられない日というのがある。

 そういう日には趙藍に促されて、少女は笛を吹いた。


 その心に滲みる妙なる音色に、傷の手当てをしているものも武器の手入れをしているものも、その手を止めた。

 山奥にあれば、四つ足の獣たちも木に止まった鳥ですら、静かに耳を傾けているのではないかと思われたことだ。


 しかしながら、普段の喜蝶は好奇心にあふれ、意に添わぬことがあれば癇癪も起す、快活な少女だった。


 細い体に似合わず健脚で、厳しい逃避行にも男たちの後ろを音を上げることもなくついてくる。粗末な雑穀の粥と乾いた草を敷いただけの野宿にも、文句を言わない。


 それらを、無邪気に楽しんでいるようにさえ見えた。

 ただ、少女は記憶が長くもたない。

 ささいなことであれば数日で忘れてしまう。




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