014 趙藍と蘆信、真白い髪の少女と共に西華国を旅立つ・5
父・蘆富の話のあまりの唐突さに、夢を見ていると思った。
夢であれと思ったこともある。
しかし夢ではなかったのだと、その後、蘆信は拝領の剣を抜くたびに思った。
初めは正体の知れない追っ手を、その後は盗賊・山賊の類いを、その剣で斬ることになったからだ。
父・蘆富が〈そのお人〉と呼び、最後まで名前を明らかにしなかった人は、城郭の外で、姉・趙藍とともに二頭の馬に曳かせた馬車に乗って待っていた。
その馬車を囲んで、屈強な男たちが、二十騎。
それぞれに隙なく武具で身をかため、得意とする武器を携えている。
ただごとではない遠乗りだと知った馬たちは興奮し、落ち着きなく
蘆信の気配を察して、趙藍が馬車の垂れ布を跳ね上げて顔を見せた。
久しぶりに見る姉の顔だ。
宮中ではいつも美しく結い上げられていた髪は、いまは一つに束ねられその黒髪を飾るものは何もない。
身に纏っているのも、麻布を泥染めした質素な旅装束だ。
「蘆信、待っていました。
陵容さまと父上から話は聞いたことでしょう。
すぐに旅立たねばなりません。
私たちが宮中を抜け出したことは、陵容さまと父上が時間を稼いでくださっているにしても、明日の朝には知れ渡るはず。
それまでに少しでも遠くここから離れなければなりません」
しかし、途中から姉の言葉は蘆信の耳に届いていなかった。
彼は姉の横に座っている〈そのお人〉に視線を移し、そして目が離せなくなっていた。〈そのお人〉もまた趙藍と同じく粗末な旅装束を身にまとっていたが、闇でも淡く光る宝玉のように蘆信には見えた。
屋根付きの薄暗い馬車の中、趙藍の陰に隠れて〈そのお人〉は座っていた。
子どもでもなく、かといって大人の女でもなかった。
あと数年たてば、どのような美しい女になるのだろうか。
そう思わせる少女だった。
美しい女と聞けば、悪友たちとつるんで、あの手この手で追いかけ回してきた蘆信だった。それで、世間で噂される〈美しい女〉というものの正体を知っているとうぬぼれていた。
その彼ですら、一瞬、息を飲んだ。
……宮中には想像もつかぬ宝物が、集められているとは聞く。その宝物の中に、このように〈美しい人〉もまたいるのか……
と、蘆信は思った。
ぶしつけな蘆信の視線を、金茶色の目で〈そのお人〉は受け止めた。
……ガラス玉のような目の色だ。心が吸い込まれる……
そう思った時、趙藍が手を伸ばし、弟の視線をさえぎった。
「蘆信、このお人が、喜蝶さまです。
私たちは喜蝶さまを守って、一刻も早く旅立たねばなりません」
そして、彼女は馬車の垂れ布を降ろした。
蘆信はその時になって気づいた。
色白な少女ではあったが、引き込まれそうな金茶色の目の上で、まっすぐに切り揃えられた髪が真白かった。
それで薄暗い馬車の中にあって、喜蝶という名の少女は、彼の目には白い宝玉のように淡く輝いて見えたのだ。
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