013 趙藍と蘆信、真白い髪の少女と共に西華国を旅立つ・4


 大将軍・趙蘆富は言葉を続けた。


「姉の藍とともに、あるお人を伴って国を出よ。

 初めは、そのお人を取り戻そうとする手の者に追われることになるだろう。

 その時はためらうことなく、その者たちを切り捨てよ。

 数か月後に、宮中で首尾よくことが運べば、追っ手は姿を見せなくなる。

 しかしそれでも……」


 そこで、彼は言葉を切った。

 多くの妻妾を持ち、生した子の数は、手と足の指の数をもってしてもまだ余るほどの彼だが、それでも父の情はあった。

 しかし、しばしの沈黙を保った後の、再び話し始めた声色にためらいはない。


「国を出たその後は……。

 お前たち二人とそのお人は、二度と、この国に戻ってくることは叶わぬ。

 蘆信よ、いまここで、異国の骨となる覚悟をせよ。

 

 なかなかに難しい任である。

 まだ若くそのうえに乱暴者という噂の絶えないおまえに、果たして務まるか。

 しかし、藍がおまえがふさわしいと言い張った。

 それで陵容さまとも相談して、おまえに委ねることにした……」


 趙蘆富は横に座っている第三皇子妃を見やった。

 父の視線を感じて、彼女はその重い頭をかすかに動かす。

 宮中で起きつつある事柄に触れてもよいという、承諾の合図だ。


「……、蘆信よ、ただ一つだけ教えておこう。

 おまえと藍のこのたびの任の成功は、第三皇子が太子に冊封されるかどうかということと関係している。

 そしてそれは、陵容さまが太子妃になられることであり、将来の項楊正さまの命運にもかかわることとなる。

 そしてそれはまた、蘆家の繁栄にも及ぶ。


 おまえの妻の腹に、初めての赤子がいるのは知っている。

 赤子が無事に生まれたならば、趙家で大切に育てることは天に誓って、この父が約束しよう。


 すべての仔細については藍が承知している。

 おまえはただそのお人の護衛に徹すればよい」


 蘆富は立ち上がると、後ろの飾り棚に立てかけてあった剣を手にした。


「これで父からの話は、今生で最後となる。

 このたびのおまえの任の成功を祈って、第三皇子から一振りの剣が授けられた。

 銘はないが、なかなかによい剣である。

 ありがたく受け取るがよい。


 蘆信よ、おまえに護衛を託すお人は、城外にて、藍とともに待っておられる。

 おまえもはやく行くのだ。

 家に帰って妻と別れを惜しむ暇などない」







 中華大陸は想像することすら難しいほどに広大な大地で、国というものが無数に存在しているとは、知識としては知ってはいた。

 しかし、中華大陸がどのように広大であっても、西華国ほど美しい国はないと、趙蘆信は信じて疑ったことはない。


 父・蘆富に出国を命じられてより五年をかけて、中華大陸を北から南に縦断し、西から東に横断した今では、そうとばかりは言えないことを知った。


 だが、あの爽やかに晴れた晩春の朝に見た景色の美しさを、彼は忘れることはない。


 あの美しい朝、彼についていた従者は、その後どうなったのだろうか。

 口封じのために殺されたのか。

 さほど愛してもいなかった妻を懐かしみ、生まれているはずの子を思い、そして従者のその後を案じた。


 しかしそのどれもこれも、その日限りに国を離れることになった蘆信には、確かめようがないことだ。




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る