012 趙藍と蘆信、真白い髪の少女と共に西華国を旅立つ・3
「楊正さま、参りましょう」
侍女が動き、警護の兵士二人とともに部屋を出て行った。
部屋には、蘆富と陵容と蘆信の三人となる。
蘆信は楊正の幼い後ろ姿を見送ると、父・蘆富へとその体の向きを変えた。
拱手して言う。
「父上、不肖の息子・蘆信がお呼びにあずかり参上いたしました」
陵容のそばにいつも影のごとく控え立っている姉の趙藍がいないことに、この部屋に入った時から蘆信は気づいていた。
趙藍は彼よりも五歳年上で、美しい顔立ちの女ではあったが、男勝りで気丈夫な性格をしていた。
側妾であった彼らの母親が亡くなったあと、彼女が蘆信の母親替わりだった。
幼い蘆信に剣術の手ほどきをしたのも彼女だ。
第三皇子に嫁ぐ陵容とともに、十七歳で、宮中に入った。
そのうちに彼女自身が嫁ぐ年頃となったが、陰謀渦巻く宮中にあって、藍を信頼し頼り切っていた陵容が手放さなかった。
その思いは父親の蘆富も同じだった。
趙藍は宮中と蘆家をつなぐ大切な情報網でもあったのだ。
蘆信が悪友たちと悪さの限りをつくしても、父が大目に見てきたのは、姉・趙藍の趙家への献身のおかげといえた。
蘆富が言った。
「蘆信よ、堅苦しい挨拶はもうよい。時間がない。
すでにおまえは、ここに陵容さまがおられることの不思議、そして姉の藍がいないことの不思議に気づいておるであろう。
しかし無用な詮索はいっさいしてはならない。
今から父の言うことをよく聞き、そして、即、行動に移すのだ。
今日のおまえにはそれしか道がないと心得えよ……」
蘆信は拱手の姿勢を解いて、正面に座っている父を見た。
手を伸ばせば届きそうな距離で見るのは久しぶりだ。
父の頭にも髭にも白いものが混じっていた。
髪を頭頂でひとつに結って、透かし彫りを施した薄緑色の石の簪でまとめている。その下の顔の目や口まわりにも、細かい皺が見て取れた。
以前は武人らしく陽に焼けて浅黒い肌をしていたが、今は白くなっていた。
ゆったりした着物の下の体も、以前よりも太ったように見えた。
しかし、その顔は険しい。
それが表れているのは目だ。
蘆家の男たちが皆そうであるように、若い時の蘆富もまた感情豊かな大きな目をしていた。彼が喜んでいるのか怒っているのか、その目の色にすべて表れていた。
その目を、常に半分閉じた瞼で隠すようになったのは、いつの頃からだろうか。
娘の陵容が第三皇子に嫁いだ頃からか。
それとも孫の項楊正が生まれた頃からか。
蘆富は細めた冷たい目で蘆信を見つめていた。
それはわが子を見る目ではない。
この十年で姉・陵容は人から人形になったが、父・蘆富は人から化け物になったと蘆信は思った。
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