011 趙藍と蘆信、真白い髪の少女と共に西華国を旅立つ・2

 


 趙家の別邸は、夫を亡くした後の趙蘆富の母のために建てられたものだ。

 静かなことを好んだ年寄りの隠居家にふさわしい、簡素な造りだ。


 子どもの頃の蘆信も祖母に会いに、何度か訪れたことがある。

 当時は、石壁の漆喰しっくいの白さや柱に塗られた朱色のうるしや釉薬で輝く黄色い瓦の色が鮮やかで、庭の木々も若かった。

いまは、家そのものが苔むしていた。


 しかしながら、屋敷内に一歩足を踏み入れた蘆信は、屋敷内にかすかに漂う武器を帯びた者の出す気配を感じ取った。

 抜き身の刀を首筋に当てられたような緊張。

 多くの手練れの者が、その姿を隠して潜んでいるのだろう。


 これは普通の警護ではない、殺気に近い。

 自分が知らないところで趙家の存亡にかかわるような、重大な何かが起きつつあるのだろうか……。


 蘆信は体を流れる血が静かに煮えたぎってくるのを感じた。

 今まで自覚する必要がなかっただけだ。

 彼の体の中には、禁軍の大将軍を輩出してきた趙家の血が流れている。

 それがいま目覚めた。


 それで客間の扉が開いて、真正面に第三皇子妃の陵容とその子で七歳になる項楊正こうようせいが座っているのを見ても、驚きを覚えなかった。





「皇子妃さま、お久しぶりでございます。

 蘆信が謹んでご挨拶いたします」


 蘆信が深く拱手して挨拶をすると、第三皇子妃で異母姉の陵容は言った。


「蘆信、幼い時にいっしょに遊んだ仲ではありませんか。

 姉上でいいのですよ。

 そなたの妻女が懐妊したとは、父上から聞いています。

 喜ばしいことです」


 晩春の日はすでに高く昇り、汗ばむほどの陽気だった。

 しかしながら、真っ白に白粉を塗り、その下に喜怒哀楽を閉じ込めてしまった女の顔には、汗の一筋も浮いていない。


 高く複雑に結い上げた黒髪を飾る、いくつもの黄金のかんざし

 重たくて頭を垂れることはできないだろう。

 幼いころに楽しく遊んだ姉は、十年の宮中生活で人から人形になっていた。


「姉上さま、ありがたきお言葉でございます。

 家に帰って伝えますれば、妻も喜ぶことでしょう」


 それから蘆信は、陵容の横に座っている項楊正に向かっても深く拱手し、言葉を続けた。


「楊正さまにも、蘆信がご挨拶申し上げます。

 久しくお会いせぬうちに、背が高くなられました。

 お幾つになられましたか」


「叔父上。楊正は七歳なりました。

 ゆえに、今日は、叔父上と剣術の稽古がしとうございます」


 その言葉を、満面に笑みを湛えた祖父の蘆富がさえぎった。


「これはこれは、楊正さま。

 七歳になられて、なんとまあ、頼もしくなられました。

 お父上の第三皇子さまもお母上の陵容さまも、さぞお喜びのことでしょう……」


 そして彼は、大切な孫に向けた笑みをすっと消した。

 後ろに控える侍女に、目配せをする。

 それは人払いの合図でもある。

 彼は言葉を続けた。


「……しかしながら、今日の蘆信は、陵容さまとこの爺と大切なお話がございます。

 剣術の稽古はまたの機会といたしましょう。

 隣の部屋に、甘い水菓子を用意しております。

 そちらにて、お召し上がりください」






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