009 荘興、荘本家・宗主となり、五十歳となる・2




 十年が過ぎた。


 初めは、荘健政が役人仕事の片手間に商った口入れ屋だった。

 しかし、息子の興によって、その形を大きく変えていた。


 彼に従い手足となって働くものは、数百人を超えた。


 いつしか、荘興が率いる集団は荘本家と呼ばれるようになり、彼は宗主と名乗った。私生活では、妻の李香の間に男子二人女子一人を生した。


 その後、また二十年が経った。


 荘興は、知命・五十歳となった。

 頭に白いものが混じるようになったが、上背のある屈強な体と冷静な判断力・行動力は、若いころと変わりはない。


 そして、荘本家の手下は三千人を超えた。

 実質、荘興は慶央の支配者となった。


 都・安陽から赴任してくる役人たちは、慶央のことは、荘興と荘本家の者たちに任せるようになった。

 彼らは、在任中の数年を、慶央で波風の立たぬように過ごす。

 そして時が来れば、安陽に帰って行くか、新しい任地に旅立った。


 泣く子も黙ると怖れられた。

 また頼りにもされた。


 だが、彼は一つだけ、その真意が解せぬ魔訶不思議なこだわりを持ち続けた。

 傍目から見るとあまりの他愛なさに、慶央の人々は≪宗主様の道楽≫と噂した。


『笛の名手であり、髪が真白く美しい少女』を、彼は探し続けたのだ。

『笛の名手であり、髪が真白く美しい少女』のためになら、金も時間も惜しまない。


 彼が、客桟・渡し場・市場の管理に熱心に口を出し手を出すのは、荘本家の生業のためだけではなかった。

 それらをあずからせている者達に、毎年、直々の通達を出した。



『笛の名手で髪が真白く美しい少女を見かけるなり、その噂を聞くなりしたら、その者を連れてくるように。

 その真偽は問わず、じゅうぶんな謝礼を払う』


 

 それで、彼のもとには、笛の上手いもの・髪の真白いもの・美しい少女たちが集まるようになった。


 しかしながら、笛は上手くとも男であったり、髪が真白くとも老婆であったり、美しい少女であっても髪は黒々としていたり……。


 彼の期待に沿うものは一人も現れない。


 それでも荘興は多忙な中でその一人一人に会った。

 彼らが自らついた嘘に震えあがるほどの丁寧な礼の言葉とともに、じゅうぶんな金銭を謝礼として払い続けた。


 初めの頃は、荘興を欺いて謝礼を得ようとたくらむ不心得者が、後を絶たなかった。しかし彼らは、その後すぐに、荘本家・宗主を欺く恐ろしさを、骨の髄まで身に染みて思い知るのだ。


 また、忠告するものもいた。

「少女はいつまでも少女では、なかろう。

 何十年もたてば、それなりに歳をとるものだ」

 

 しかし荘興は、「その少女は、いつまでも少女のままなのだ」と、意に介さなかった。


 彼が五十歳になった時には、『笛の名手で髪が真白く美しい少女』だと自称する者は、まったく彼の前に姿を現さなくなった。

 噂の片鱗さえも絶えて久しい。





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