007 二十歳の荘興、旅の老僧・周壱と出会う・5


「……頼みというのは他でもない。

 その腰の刀で、私の命をひと思いに絶って欲しい。

 まだ人を殺めたことはないであろう若い人に、このようなことを頼むのは、心苦しくはある。

 だが、野垂れ死にするしかない私を、哀れと思ってくれ。


 胸の内のすべてを明らかにした。

 いま、あの世に旅立てるというのは、果たせぬ思いを抱えたわしへの御仏のご慈悲であろうと思う」


 その申し出に驚いて立ち上がった荘興に、周壱はかまうこともなかった。


 彼は不自由な足を引き寄せて折り曲げると、正座した。

 深々と床に頭をつけて、荘興に叩頭する。

 そして、傾いて鎮座している仏像に向き直る。


 手を合わせた周壱は、微塵の動揺もない声で読経し始めた。







 この状況は天命に違いない……。

 そのように荘興が観念するまでに、どのくらいの時が流れたのだろうか。


「ご老僧。

 それであれば、許されよ」


 意を決した荘興は立ち上がり、周壱の後ろに立った。


 抜いた刀を振り上げ、力任せに彼の痩せた首に斬りつける。

 旅人の常として、彼は自分の身を守るために帯刀はしていた。

 だが、周壱の言葉通りに、まだその刀で人の命は奪ったことはない。


 盗賊に襲われたことは何度かある。

 荘興は、生まれながらに刀の扱いに長けていた。

 上背のある彼が刀を構えると、その姿に気圧けおされて、盗賊は逃げ出した。


 それでも襲ってくるやからの手や足を、返す刀の先で切ったことはある。

 しかし、命を奪う目的で刀を振り回したことはない。

 ましてや、座っている者の首を刎ねたことなどない。


 しかしながら、周壱の首を刎ねると心を決めた以上は、迷いは無用だった。

 余計な迷いで首を刎ね損じることは避けたい。

 周壱を苦しませてはならない。


 荘興は刀を構えた腕に力を込め過ぎた。


 周壱の首はその体から離れ、跳ね上った。

 それは本堂の隅まで飛んでいって、大きな音を立てて壁に当たり転がる。

 痩せ枯れた老人の首は、思いのほか簡単に切り落とせたのだ。


 首のない体が纏っているぼろの僧衣で、刃についた血を丁寧にぬぐう。

 そして転がっている周壱の首まで歩き、ほんの先ほどまで食べて飲んで考えて喋っていたものを、彼はしばらく眺め降ろした。


 心が定まると、両手で首を拾い上げた。

 横倒しになっている胴体のところまで戻って、首を横に並べる。


 今宵の宴の残骸を払いのけた経机を、周壱の亡骸なきがらの上に乗せる。

 力任せに引っ張って外した破れ板戸も、同じように亡骸なきがらの上に乗せる。


 燃え尽きようとしていた蝋燭の灯りだった。


 乾きっている板切れに近づけると、瞬時に火は燃え移り、紅い炎を吹き上げた。

 満天の星がのぞく破れ屋根に、紅い炎の舌が届くのは、あっというまだ。


 自らから望んだことではないにしても、荘興は初めて人を殺めた。

 しかし、不思議なほどに、彼の心は波立っていない。


 飛び出した荘興が振り返ると、すでに炎は本堂の全体に回っていた。

 すべてが燃え落ちるまで見届ける。

 そして、彼は故郷の慶央に戻るべく、きびすを返した。



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