005 二十歳の荘興、旅の老僧・周壱と出会う・3
「これからの話は、その六十年昔に、まだ十歳になっていなかったわしがお傍近くでお世話していた尊師から、おまえだけにと打ち明けられたものだ。
百歳になろうかという尊師が死期を悟り、命の終わりに、ふと誰かに話したくなったのであろうな。
思えば、今のわしの心境のようなものか……。
いやいや気にするな。
これはわしの独り言。
さあて、どこから、話を始めるとしようかのう。
これは、北の地で托鉢修業していた尊師の若いころの話だ。
なんとまあ、今から、百五十年近い昔話となる。
ある時、野盗に襲われ深く斬られて、もはや自分の命もこれまでと覚悟したとか。
しかしその時に、運び込まれた宿で、偶然にも居合わせた一人の少女の治療を受けて、命拾いした。
そしてなんの縁があったのか。
傷の癒えた後、身寄りのないその少女を連れての二人旅となったそうだ。
尊師が言うには、医術の心得のあるその少女は大変に美しかった。
また赤い横笛を大切に携えていたとか。
時おり奏でるその笛の音の妙なることは、言葉に言い表し難いほどだったという。
また、その少女は可哀そうなことに言葉が話せなかった。
そして、奇異なことに、髪が老婆のごとく真白であったそうだ。
初めは妹のように思い、連れ歩いていた少女であった。
しかし、少女の美しさと哀れさに、世俗に戻り再び男となって妻にしたいと望むようになったのも、尊師が若いころの話であればいたしかたのないこと。
それで、その少女が大人になるのを待ったが、不思議なことに、その少女はいつまでも出会った時のままの姿形で、齢をとることがない……。
そうこうするうちに、旅の空の下で十年の歳月が流れた。
その頃には尊師も、『このまま齢をとらぬ少女を連れて、旅を重ねるのが、果たして御仏の心に沿うことであろうか?』と、考えるようになった。
ある町で、どうしても少女をあずかりたいというものが現れた。
そのものが善人であることは確かであったので、強い意思を持って、そのものに少女を託して別れたそうだ。
話の最後に、尊師が言った。
怪我に倒れた時、少女が自分にどのような治療を施したのかわからない。
しかし、元気になった自分の体も心もまるで元の自分のようでなく、新しく生まれ変わったように思えたと。
その証拠に、その時すでに、先ほども言ったように、尊師は百歳に近い高齢だった。しかし、若いものとかわらぬお元気さで、民の苦しみを救う名僧として尊ばれていたのだ。
そしてまた、遠くを懐かしむ目をして、こうも言われた。
『あの日より八十年という月日が去った。
あのお人は、今もあの少女のままの姿で、中華大陸をさまよっておられるのだろうか?
叶うことなら、もう一度会って、その心をお慰めしたい』
わしに打ち明け話をして、三日後のこと。
食事の途中にぽろっと箸を落とされた尊師は、そのまま御仏の元へと旅立たれた。まことに羨ましい見事な大往生であった。
しかしながらわしはその日から、尊師の言う不老不死の美しい少女に一目会いたいと、狂おしいほどの思いにとりつかれたのだ。
寺での苦しい修業に嫌気がさしていた言い訳であったかも知れん。
ある日、わしは寺を飛び出した。
そして、六十年という年月が過ぎ去った。
少女に会うことも叶わず、お見かけ通りの乞食僧となりさがったのだ」
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