004 二十歳の荘興、乞食僧と出会う・2



 周壱は火打石を打ち鳴し、蝋燭ろうそくに火をつけた。燭台を乗せた小さな経机が、ゆらゆらと揺れる灯りの中にぼんやりと浮かぶ。


 ――蝋燭とは、なんと用意周到なことよ――

 そう思った荘興の心を読んだのか。


「仏前に、燃えさしたのがあったのだ」

 周壱は言い、そして振り向いて傾いた仏像に手を合わせて、「ありがたや、ありがたや」と呟く。


 経机の燭台の横には竹の皮が広げられている。そして、饅頭が二つと塩漬けの野菜らしきものが乗っていた。


「若い人、ちょうどよいところに来た。独りで食べる夕餉は味気ないと思っていたところだ。と、言っても、わし一人にも心もとない量だがな……」


「おれも、酒と肴を持っている。一人では食べきれぬと思っていたところだ。ご老僧、遠慮なく食べてくれ」


 荘興は持っていた酒の甕と肴を、周壱のわびしい夕餉の横に並べた。


「おお、これはこれは、酒と肉か。久しぶりに見る。なんと、旨そうな……」

 薄明かりの中、周壱の喉ぼとけが上下して、ごくりと音を立てた。 

「これもまた、御仏のお計らいかも知れぬな」


 再び彼は振り返って仏像を見上げた。両手を合わせ「ありがたや、ありがたや」と、つぶやく。生臭なまぐさなのか、信心深いのかわからぬ坊主だ。


「確かに。こうして仏の御前で出会ったのも不思議な縁」


 周壱を真似て、荘興も居ずまいを正し仏像に手を合わせる。

 信心の薄い荘興ではあったが、ふと思う。五年の放浪を無事に経て故郷に帰ることが出来るのは、目に見えぬ神仏のご加護があったのかも知れない。


 二人は、傾いた仏像の座にそれぞれの背をあずけた。

 酒と肴で、思いもかけず、その夜はささやかな宴会となった。




※ ※ ※


 酒がすすむほどに、足の不自由な老僧と五年ぶりに故郷に帰る途中の若者は、気心が知れるようになった。二人の年の差にはかなりのものがあったが、目に見えぬ何ものかに取りつかれて、青陵国をさまよったのは同じだ。


 お互いに旅先で仕入れた、魔訶不思議な話を披露しあった。どちらかが話し終われば、甕を回して酒を飲む。


 まずは周壱の、夜な夜な現れては若い男をまどわす女の幽霊の話。

 荘興も負けてはならぬと、人食い化け猫の話。

 そして夜になると美しく輝きだすという宝玉の話へと移り、それならと不老不死の薬を飲み過ぎて赤子に戻ってしまった男の話……。


 次々と繰り出される嘘か本当か確かめようもない、面白くも怖い話。


 互いに酔っているからこそという想いがある。蝋燭の灯りの中で、この荒れ寺を宮殿と言いくるめるのに似ている。酔いが覚めると同時に忘れてしまう他愛ない話ばかり。


 やがて、若い荘興が眠気に負けて、欠伸あくびを押し殺した。

 それを見た周壱が言った。


「やあやあ、お若い人。お互いに、酒も話も尽きましたな。では、最後に、わしのとっておきの話を聞いてもらおうか。わしがまだ、見習いの小僧であったころのことだ。そうだな、六十年も昔の話だ」










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