002 十五歳の荘興、慶央を出奔する・2
慶央の街を出て親の期待に背いた形で青陵国内を放浪するうちに、
彼は二十歳になっていた。
その容姿に十五歳だった頃の少年の面影はない。五年の歳月と放浪に伴う経験が、幼さの残る少年から精悍な顔つきとたくましい体を持つ青年へと、彼を変えていた。
家を出て初めの一年は、賢い彼といえどもまだ世間知らずのだった。足の向くまま気の向くまま、名所旧跡を訪れる旅を楽しんだ。それまで慶央の街を出たことのなかった彼は、一人旅を楽しむ方法を他に知らなかったからだ。そのために、都・安陽で五年は勉学に専念できたはずの懐の金子は、羽が生えてどこかに飛んでしまったかのように消えて底をついた。
そこで初めて、荘興は足を止めて旅の目的について考えた。
親の期待に背いたのは、なりたくもない役人になるための勉学に、自分の若い時間を費やしたくはなかったらだ。だからといって、物見遊山の旅を楽しみたいという訳でもない。
それでその後の彼は、たどり着いた町にしばらく居ついては、仕事を探して働くということを繰り返した。父親の口入れ屋の仕事を身近に見て育った。そういうことには慣れていた。
働き口の先々で、彼の賢さと如才なさと恵まれた健康な体は重宝された。
しかし、ひとところに長居は無用だ。少々の蓄えが出来ると、それを懐にしてまた次の町を目指した。
※ ※ ※
細長い青陵国を北に向かい、突き当ればまた南に下った。そうやって、四年目に
泗水は、青陵国の真ん中あたり、北の安陽と南の慶央を結ぶ要の地だ。
地図の上でも
さっそく口入れ屋に頼んで、地の利を活かして広く交易を営む大店の店主・
園挌の店は居心地よく、彼にしては珍しく半年ほど居ついた。
そのうちに
どこの生まれかも定かではない男を、愛娘が好いてしまった。初めのうちは、父親の園挌も困惑を隠せなかった。しかし、彼はこの若者のただものではない気質に気づいていた。
娘の気持ちが変わらぬのであれば、彼に商売を教え、婿として迎えるのもよかろう。李香の美しさにまた、興もまんざらでもない。そして、大店の商売の面白さには、格別のものを感じる。
しかしながら、「婿となり、この家の身内の一人として、いずれは店を盛り立てて欲しい」と、あらためて園挌より言われると、彼はためらった。
この五年で、見るべきものは見た。経験すべきこともまた、経験した。
一度、故郷の慶央に戻り、父母を安心させたい。
そこで、彼は園挌に自分の身分と今までの経緯を明らかにして、慶央に戻る許しを願い出た。園挌も娘の李香がまだ十五歳であり、荘興も二十歳になったばかりの若者であることを考えて、彼の暇乞いを快く許すことにした。
園挌もまた、生き馬の目を抜く商売の道で長く生きてきた。人の縁というものは、生まれ落ちた時にすでに天が定めているもの。その定めがある限りは、人の縁は切れることないのだという信念がある。
慶央に戻ると決めた荘興に、彼は十分すぎるほどの旅支度を整えて送り出した。
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