※ 第一章 ※
荘興、さまよう白い髪の少女の存在を知る
001 十五歳の荘興、慶央を出奔する・1
山々が低く連なる国で、その気候も温暖。稲作が盛んで、田植えの季節ともなると、青陵国は文字通り緑一色に染まる。
南北に細長い青陵国は、まるで人の胴のような形をしている。人のまっすぐな背骨のような向こうは果てのない海だ。その広く青い大海原には島影の一つさえなく、遠く水平線の先で、突然、途切れているらしい。瀑布となった海水は奈落の底へと流れ落ちている……。
※ ※ ※
これから始まる長い物語りの主人公の一人となる者は
青陵国の
光沢のある灰色の瓦の色から、<慶央の真珠>と称えられた美しい宮殿は戦乱の大火で消失してしまったが、その跡地には、役所や長官や太守の屋敷が、冬でも葉を落とさない木々に囲まれて建っている。
慶央の街は、西は
安陽が青陵国の北の都であれば、慶央は南の都だ。
※ ※ ※
健政の父もそのまた父も、下級役人だった。そのために、彼も下級役人のまま、その一生を終えることは誰の目から見ても明らかなことだった。当時の人の一生というものは、母の胎内より生まれ、おぎゃあと産声をあげた時にすで決まっていた。自分ではどうしようもない出自というものが、身分という名前を持って死ぬまでついてまわるのだ。
しかし、健政はなかなかに賢かった。また、人の頼み事にいやな顔をすることなく応え、それを解決する能力を持っていた。そのために、市場の人たちの間で、彼は人望があった。市場は人の往来の多い分、厄介ごとの種は尽きることがない。「健政さんに頼めばなんとかなる」という噂は噂を呼び、そして人は人を呼んでくる。
日々に持ち込まれる厄介ごとを引き受けては、彼はみごとに解決し謝礼を受けとった。そのうちに、その金子を元手として、彼は役人を辞して口入れ屋の主人となった。
市場では、常に、働きたい者と人手の欲しい者の情報が溢れている。そういう人たちの仲介をする口入れ屋は、顔が広く世話焼きな彼の天職と言えた。しかし彼は、この稼業を銭儲けというより人助けだと思っていた。
当時にしては珍しく、健政は妻を一人しか娶らなかった。荘家を継ぐ男子は
その一人息子の興は、幼い時から利発で賢かった。父に似て顔つきもよく、長じるにつれて上背もあり体格もよくなる。誰もが神童だと誉めそやした。
興が十五歳になるのを待って、健政は今までに溜めた銭を彼に持たせて、都の安陽に遊学させることにした。
都でよい先生について勉学に励み、いずれは科挙の試験に合格して欲しいと、健政は願った。そうなれば、荘家代々の者たちが望んでも手に入らなかった上級役人としての地位に、彼の息子はつくことが出来る。
しかしながら、親の心を子が知らないのはいつの世も同じだ。上級であれ下級であれ、当の本人である興には役人で一生を終える気持ちはさらさらなかった。皆に盛大に見送られて慶央を出立したが、彼は安陽に着くことはなかったのだ。
十五歳の荘興は、大金を懐に青陵国を放浪する旅に出た。
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