第22話 新時代へ
お役目を果たすため、龍人はロシアのある施設に向かっていた。
表向きは医療研究所になっていたが、異様なほど厳重な警戒がされている。
龍人が正門から中へと入ってゆくが、誰も気がつかないかのように、とがめられることも無く施設の中に入ってゆく。
龍人を目では認識しているが、脳が認識出来ない様、感覚操作したのだ。
見えていない者に注意を払う者などいない。
そのまま中へと入って行く。
施設でしていることは、能力の研究だった。
能力者を集め、能力の確認とレベル測定、能力を高める訓練。
様々な外的刺激を与え、能力の覚醒や向上の確認。
能力の高い男女の精子と卵子を体外受精させ、より高い能力者の子が産まれる確率の算出。
同じ精子と卵子を体外受精させても、なぜ能力に差があるのかを解剖して研究をする。
取り出された脳サンプルの多さが施設のおぞましさ、そして実体を物語っている。
「やあ、よく来たね。兄弟」
突然声をかけられる。
「能力者の思考ロックはした。意識のある能力者はいないずだが」
「ふふふ、そうすることは判っていたからね。その前に自分でブロックしていたのさ。僕がいるとは気がつかなかったろう?」
「全員の視覚操作をしたはずだが。監視カメラも動かなくした。なぜ来たと判った」
「言ったろ、兄弟だと。私を敵と認識出来なかったからさ」
「…そういうことか。だが、おまえは一族では無い。それにこの研究施設は以前、父がすべて破壊したはずだ」
「生き残ったのだよ、私は。培養カプセルの中にいたからね」
「おまえがこの施設を作ったのか」
「そうだよ。私は見ていたのだよ、培養カプセルの中からね。おまえの父親が破壊する様を。感動したよ。これほどの力が存在するのかと。私にもあるのかと。そして憎んだよ。アンナを、母を連れ去った」
「…」
「おまえの父が去った後、私は自分の力でカプセルを破壊しこの世に生まれ出た。おまえの父親以上の能力得るために。壊された施設の調査に来た男に拾わせ、育てさせた。成長するのに時間はかかったけどね。施設を再建するのは簡単だった。能力を使えば誰もが私の言いなりだ」
「おまえは自分の能力を高めるためだけに、この施設を作った。多くの能力者を犠牲にして」
「おかげで役にたってくれたよ。私の能力は高くなった。君が私の存在に全く気がつかないほどにね」
「…」
「そして再び来るのを待っていたよ。本当は龍造に来てほしかったけど龍人、おまえが来るとはね。龍造では私に勝てないと言うことかな」
「おまえは勘違いしている。父が来ないのはおまえに勝てないからでは無い」
「では、なぜ龍造では無くおまえが来た」
「愛したアンナ母さんの子であるおまえを手にかけることに躊躇があったのかもしれない。救えるものなら救いたいと思ったのかもしれない。だが、一番の理由は、制御が出来い力を使ってしまうことを恐れたからだ」
「制御できない力?何のことだ?」
「おまえが知る必要の無いことだ。もう無駄話はやめだ。終わらせる」
「おまえに何が出来」
言い終わらぬうちに相手は消滅してしまう。
「この力は使うべきでは無いものなのだが、アンナ母さんが苦しませたくないと願ったからな。後はデータやサンプルと職員の記憶の完全消去。それと能力者の能力に関する記憶完全消去、施設の患者にして今後普通の医療研究所として機能する様にしてと。…お役目終了」
(父さん、終わったよ)
(すまなかったな、おまえは大丈夫か)
(大丈夫。アンナ母さんの憂いを払うことが出来て良かったよ)
(…そうだな)
(しかし親父。前回はかなり派手にやらかしたね)
(それは、まあアンナが…。その、あれだ。力がな、ちょっとな)
(冷静な親父がね。母さんにベタ惚れだったからね)
はぐらかすように
(それはそうと、初お役目にしては見事であった。後のことはじいさんと処理しておく。早く戻ってこい。サーシャが心配しているぞ)
(了解)
前回の事はこれ以上聞かないでおこう。
父さんとアンナ母さんを引き合わせた。
そのことの方が大事なのだから。
お役目を果たし、戦闘モードから通常モードに戻るのに少し時間を要してしまった。
心を完全に落ち着かせてから家に戻った。
「ただいま、サーシャ」
「お帰りなさい。大丈夫?どこも怪我していない。今回のお役目はあなただったのでしょう」
「どうしてお役目だと判ったの」
「おじい様とお父様とも、今回はあなたとも通信できなかったから。以前からそんな時の後になるとあなたの心が曇るのを感じたから」
「サーシャに心配かけるなんて、僕もまだまだって事だな」
「何言ってるの。私に手伝えることがあるなら、手伝う」
「だめだ。君にはお役目に関わってほしくない」
つい強い口調になり、サーシャは黙ってしまう。
「…ごめんなさい。お役目は守家の男の神事ですものね。それに私、うぬぼれがあったのかも。少し力があるからって、役に立てるはず、無いもの」
「こちらこそごめん。君の気持ちは判っているつもりだ。配慮が足りなかった。でも、僕の気持ちもわかってほしい」
「そうね。私も配慮が足りなかった。ごめんなさい」
黙ったまま、龍人はサーシャを抱きしめる。
愛しくてたまらない。
心の落ち着いたサーシャは龍人に告げる。
「あのね、あなたに言わなければならないことがあるの」
「どうした?何かあったのかい」
「あのね、家族が増えるの」
「え」
「出来たみたいなの」
「子供かい?」
黙ってうなずくサーシャ。
「やった。ありがとうサーシャ、ありがとう。ウオー、僕が父親になるのか。やった。みんなには話たかい?」
「まだよ、あなたに一番に伝えたかったもの」
「じゃあ、今からみんなに伝えなきゃ」
「明日でいいわよ」
「めでたいことじゃないか、早いほうがいい」
(聞こえたよ。龍人はサーシャの事となると甘くなるの。普段は能力を使わないのが原則じゃろう。じゃが、おめでとう。龍人、サーシャ)
(おめでとう。龍人、サーシャ。私がじいさんと呼ばれるのか。よし、名前で呼ばせよう)
((((おめでとう))))みんなから祝福の通信だ。
(ありがとう)
(これからが大変だよ。でも、私たちが付いているからね)
カトリからの祝福が二人には心強く、嬉しかった。
二人の、そして一族にとっても新たな時代が始まる。
告げ守の一族(序章 龍人の青春) キクジヤマト @kuchan2019
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