第18話 守谷家の業
初冬の割りには陽気の良い朝だった。
この時期には珍しく、草木の心安まるかすかな香りが心身をリフレッシュしてくれる。
うーんと手を上げ大きく体を伸ばしてから、はぁーと息を吐く。
「今日もいい天気だ」
「サーシャ、今日はゆっくりね」
「カトリさん、おはようございます」
「この後、少し時間ある?」
「今日は講義が午後からなのでいいですよ」
サーシャはカトリの後について部屋に入る。
凝ったドリームキャッチャーが目を引く、簡素で落ち着いた、木のぬくもりを感じる部屋だった。
「このドリームキャッチャー、カトリさんが作ったのですか?」
「本当は私の部族の風習じゃないんだけど、家族の魔除けになればと思ってね」
「ドリームキャッチャーから、神社の境内にいる時感じる様な、澱みの無い澄んだ波動がでている。それでこれだけの念を込めたのですね」
「一目見て判るなんて、やっぱりあなた、かなりの能力者ね」
ふう、と一呼吸置き
「初めてここに来たとき、龍人と一緒になるって言ってたけど。心変わりしていない?」
「もちろん。プロポーズはまだしてもらってないんですけど、残念ながら」
「…やっぱり話しておかないとね、龍人の母親代わりとしての務めね」
「一族の隠していることですか」
「やっぱり判っていたのね」
「はっきりとは知りませんが、おじい様やお父様、龍人までも全く繋がらないことがあるし、その後の龍人の様子が変だからなんとなく」
「それもあるけど、それについては私が話すことじゃないから、いずれ龍人自身が話すと思うわ。私の話はね、あなたに関すること。というより守谷家に嫁いだ者の宿命みたいなこと」
カトリのいつになく神妙な様子に緊張が走る。
「守家の男たちはみんな優しいでしょ」
「ええ、皆さんとても」
「それは守家の男たちがみんな母親や妻に負い目というか引け目というか、言葉にするのは難しいけど、無意識にそんな気持ちがあるからなの」
「お母様や奥様を亡くされているからでしょうか」
「それが大きいとは思うけど、早く亡くなる理由がわかっているからよ」
「…」
「守谷家の嫁は皆、能力者だったことは知っているわね」
「ええ」
「それは偶然ではなく、能力者を選んで妻にしているからよ」
「…」
「理由を話すわね。守谷家の男子は女子に比べ、かなり能力が強い子が生まれるの」
「アンナの子の龍歩と杏子、双子でもそうでしょ」
「はい、判ります」
「妊娠してある時期、おなかの子の能力が異常に強まるときがあるの。胎児だからコントロールなどしない。そんなの普通の女性だったら絶えられる訳がない。良くて自我の崩壊、最悪死ぬことになる。その力をうまく抑え、中和出来る能力者でないと、おなかの子にも悪影響がでてしまう。だからなのよ。能力者でも負担が大きく、産後、長くて5年しかみんな生きていられなかった」
「龍人が私を選んだのは能力者だから?」
「それは誤解。能力者なら誰でもいい訳が無いわ。…守家の男性はある一定以上の能力と年齢になると、伴侶となる女性の声が聞こえるようになるの。20歳から30歳くらいの時期。不思議でしょ。ロマンチック感じちゃうけど」
「でも、あなたと龍人は異常なほど早かった。かなり特別なの。だからお願い。あなたは男の子を産んでも絶対に死なないで。守家一族を悲しみの呪縛から解放してあげて」
「私が?」
「お願い。これは守家に嫁いだ者たちの悲願なの。あなたなら感じることが出来るでしょ。
これまでに守家に嫁いだ者たちの祈りを。私はね、源治の声が聞こえて一緒になった訳じゃないの。私のいた部族は昔からのしきたりを守り、森を拠点に生活していたからネイティブアメリカンの文化研究のために来た源治と偶然出会ったの。はじめはうさんくさい連中が来たと思ったわ。私、部族のシャーマンの家系で力があったから源治の心を覗こうとしたの。でも、全く見えなかった。ネイティブアメリカンのシャーマンの中でも力は一番強かったのに、出来なかった。今になって思えばブロックされていたのね。そんなある日、部族の仲間が突然苦しみだしたの。あの人、医者の資格を持っているでしょ。部族の仲間が原因不明の病気で苦しんでいるのを見つけて必死になって、それこそほとんど寝ずに治療してくれた。守屋の男って底抜けに純真で、やさしいところがあるでしょ。おまけに暖かい。そんな心感じたら好きになっちゃうよね」
「わかる。龍人、そうだもの」
「だから私、源治についてきちゃった。いわば押しかけ女房。妊娠して、生まれたのが女の子の春名だったから生きているけど。次の子が男の子だと私、多分死んでしまうから源治が子供は一人で十分だって、作らせてくれなかった。だから私には守家一族に嫁いだ者たちの祈りに答えることが出来ないの。身勝手なお願いだってことは判っている。でも、あなたなら出来る。いえ、あなたしか出来ないと思うの」
「…私、龍人との子供、たくさん欲しいの。女の子も、男の子も。それで龍人と孫の面倒を見ながら笑い合って暮らしたい。任せてください」
「ありがとう、サーシャ。ありがとう」
「さて、今日はカトリさんのおのろけ話も聞けたし。楽しい一日が送れそう」
「おのろけ話?」
「そうよ。だってカトリさん、ネイティブアメリカンのシャーマンで、一番力が強かったんでしょ。同じように生活している部族もたくさんあるのに、カトリさんの部族が偶然選ばれたんじゃないと思うの。源治おじさんにはカトリさんの声が聞こえていたのよ。守家一族の男たちって、シャイだから、心をブロックして隠したんだわ。でなきゃ守家の一族がカトリさんを受け入れてくれるはず、絶対にないから」
「源治おじさん、カトリさんを失いたくないから、お子さんは春名さんだけでいいって言ったのだと思うわ。だって年下で、恋愛経験も短い私が言うのもナマイキかもしれませんが、表面だけの優しさで愛し合うって、本物じゃないから長続きしないと思うの。深く繋がって一緒の時を過ごす中で、お互い相手を思いやる気持ちが本当の優しさでしょ。お二人にはそれがあるもの」
「サーシャ」
「それじゃ。私、午後の講義があるので行ってきます」
(ああ、あの子はやっぱり特別な子。私の長年のわだかまりを見抜き、解放してくれた。
サーシャには言わなかったけど、私にはもう一つ力がある。コントロール出来ず、突然、それも極たまに発現するフューチャービジョン。明確には見えないけど、大体の意味はわかる。あなたは守家一族の悲しい呪縛から解放してくれるきっかけをくれるって、それが示している。あなたにより強い意志を持ってもらうため、このタイミングで話したのよ。
お願いね、サーシャ。そしていつまでも龍人と幸せに過ごしてね。ああ、今なら見える。見守られているこの感じ。守家一族に嫁いだ者たちの残留思念よ、どうか二人を導いて下さい。これまで一族の伴侶となる女性の声が聞こえるよう導いた様に)
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