第9話 家族

 龍人が八歳になる頃にはかなりレベルが上がっていた。

それと同時に、なぜ、体術と能力の強化訓練をしなければならないのか、龍造の思考をたまに読み取れる様になって判りかけていた。

多分、龍造がわざとそうしているのだということも感じていた。

訓練は毎日続いた。

一年が過ぎた頃には能力を使いながら体術で格闘する訓練をするレベルにまで向上していた。

さらに一年が経過し、龍造は龍人の能力を封じながら体術による攻撃をするようになった。

飛躍的な能力の向上により、自然と龍人も龍造の能力の使い方を理解し、相手の能力を封じるすべを学んだ。

龍人は十歳になったとき、時々聞こえる声がなぜだかどうしても気になった。

よく聞こえる雑音の様なものではなく、かすかだがそれでいてはっきりと聞こえてくる。

なぜだか悲しみのような、苦しみのような、切ない気持ちになる声だった。

呼びかけてみるのだが全く応答はない。

そのことをアンナに話すと

「それはあなたが自分でやりとげないとだめ。お父様に相談しなさい。そして自分がしたいことをなさい」

そう言って抱きしめてくれた。


 翌日、日課である朝の古武術と能力の訓練後のことである。

「父上、ありがとうございました」

普段はお父さんと呼ぶが修行時は父上と呼ぶことが慣例となっていた。

言葉遣いも形式張っている。

一族の朝の訓練は通常とは違う場に身を置くため、意識して区別させるためにそうしている。

「龍人。このところ気が乱れ、集中力を欠いておったがどうしたのだ」

「…父上、ご相談してもよろしいてしょうか?」

「かまわん」

「頭の中で小さな女の子が泣いているのです。うまく話しかけられません。それが気になって集中出来ませんでした」

龍造は、前日に妻のアンナから話を聞いていた。

アンナはこの事が龍人にとって、この先の人生においても良い意味で大変重要なことだと龍造に告げた。

アンナの能力を信頼していた龍造は、龍人の手伝いをすると決めていたようだった。

あらゆる事態を想定し、前もって準備を整えておいた。

最悪の場合龍人の祖父、龍元にも力を借りなければならない。

龍造が龍元の元に行くと、そちらも事前にアンナが話をしてくれていたようであった。

「そうか、おまえのテレパシーが強くなってきておるようだ。そのほかにも声は聞こえるであろう」

「はい、でも女の子の声以外は雑音程度です」

「相手の子の力も強いのだな。では、どうしたいのだ」

「私には助けを求めているように感じます。うまくつなぐにはどうしたらよいのでしょうか」

父、龍造は少し考え

「一族同士がテレパシーで繋がることは容易で危険も無い。しかし一族以外の者と繋がると、時として一族の者以上に強く繋がってしまうことがある。能力を持つ者は我々だけではない。世界中に少なからずいるのだ。相手が良い心を持っておれば良いが、そうでない場合はおまえに良くないことが起きる。慎重にせねばならないのだ」

「私はその子に悪意などみじんも感じません。教えてください」

「判った。ではその前に私と繋いでみよ」

(教えて頂けますか。よろしくお願いいたします。ちち)

「?切れました」

「テレパシーはこちらからつなぐことも強制的に切断することも可能だ。だが、双方安全に、強制切断することは難しい。だが、おまえにはまだその力も無く、制御も出来ない。一族以外のものと繋げる段階は、本当はまだ先の段階だ」

(教えても良いが、悪意や手に負えないと感じたら、すぐ私が強制的に切断する)

(もし相手に悪意があり、強制切断したときはどうするのですか?)

(その者の能力を使えなくする)

(それはどのようなことでしょう)

「今はまだ、おまえが知る必要は無い」

龍人は背中にゾクッとしたものを感じたが何も言えなかった。

「今から教えはするが、今のおまえでは一族以外の特定の者と繋げることはとても難しい。出来ないことの方が多いことは理解しておけ」

「判りました。よろしくお願いいたします」

(では、まずその子の声だけに集中しなさい。聞こえるか?)

(かすかに聞こえます)

(では、その子の声からその子の実体を感じるのだ)

(見えません。どうすれば良いかも判りません)

(聞こえた声の主の頭の中におまえの意識を送り、その子におまえの声とイメージを印象づけるのだ。そうすれば相手も無意識におまえの声に集中し、その子をおまえが強く感じることが出来るようになる。そうしたら相手が答えるまで話しかけてみよ)

(…答えてくれません)

(先ほども言ったが一族以外の者との交信は難しいのだ。諦めず話しかけるしかない)

(やってみます。一族以外にも、この力を持つ人間がいるのですね)

(大昔、我々の祖先がまだ言語を持たぬ頃、誰もがテレパシー能力で意思疎通をしていたのではないかと、古代史研究家の太源大叔父が言っていた。言語を得てからテレパシーは退化し使わなくなったが、無意識下で使っている人間は結構いるぞ。おまえの聞こえる雑音もそういった者たちのものだ)

(ああ、なんとなく理解できました)

「あっ、繋がった(ねえ、聞こえる?)」

(誰、誰かいるの)

龍造は龍人の交信を見守った。

交信はうまくいき悪意も感じられず、伝わるものがアンナの言う通り龍人には良いことのように思われた。

繋がりの強くなった二人は、もう龍造の手助けは不要だ。

その後は龍人に任せて様子を見ることにした。

順調に続いているのは、どうやらアンナが、龍人に気づかれないよう手助けしていた様であった。


 龍人が小学校に通うようになりしばらくして妹が産まれた。

可愛くて、愛おしくて毎日学校が終わると妹のところに行った。

「ただいま、母さん。愛子は」

妹の名は愛子と名付けられた。

アンナが、愛に救われた私の子にも愛に恵まれてほしい、とその名にしたのだ。

「今はまだ眠っているわ」

アンナの日本語も上達した。

もう、普通に話せる。

時々おかしな日本語を言い、龍人を笑わせたがお互いを思いやる気持ちの表れのように感じていた。

「さあ、龍人。こっちに来てハグさせて」

そしてアンナは毎日龍人を抱きしめて言う。

「これだけは忘れないで。私たちの力の源は優しい心。日本には素晴らしい言葉がある。それは”思いやり”。龍人が誰かのことを思いやり、救うために戦う限り決して負けない。優しい心はみんなを幸せにする。あなた自身も幸せになれるわ」

そのたびに龍人は、自分の中に力がみなぎってくる様だった。

アンナがその言葉を言うと愛子は起きているときも、眠っていても笑顔になった。

8歳年の離れた妹が可愛くてたまらない。

その気持ちは母の自分たちへの愛情が教えてくれたものだと感謝していた。


 龍人が十三歳になると体術の訓練、能力の訓練に祖父の龍元も加わり、高度なものへとなっていった。

道場の大気密度を上げ、水中で動く時以上に身体に負荷をかける。

それは龍人の心肺機能、骨密度、筋力共に常人の倍近くに高める。

さらに一年が経過した頃には道場での訓練は限界を超え、守谷一族が所有する山が訓練の場になった。

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