第8話 母
日課となった龍人との山歩きをその日もしていた。
日常となった故の油断が有った。
突然、目の前の藪の中からイノシシが飛び出し、前を歩く龍人めがけて突進してきた。
あっという間で、龍人は力を使う間がなかった。
龍人がぶつかると思った瞬間、自分に何かが覆い被さってきた。
アンナだった。
間に合わないと判断し龍人を庇いながらシールドを張るが、若干遅れた。
鈍い衝撃を感じた。
イノシシに体当たりされたらしい。
起き上がった龍人は再び突進してくるイノシシに今度は力を使った。
イノシシの視覚を狂わせ、進路を横にずらし山道から傾斜に落とした。
振り返るとアンナが倒れていた。
背中に血のにじみが広がってゆく。
「アンナ、大丈夫?大丈夫?」
返事がない。
「あ”-----!」
自分自身の中から湧き出る何かが叫び声としてあふれ出す。
(父さん、父さん。アンナが、アンナが)
テレパシーで父に緊急事態を伝えた。
すぐに助けは来た。
家まで移動させ、処置をした。
医学の知識がある祖父の龍元が手当てをした。
二十針ほど縫う怪我であった。
頭を強く打った様で、アンナは丸三日、目覚めなかった。
その間、龍人はアンナから離れようとせず、隣で眠る夜が続いた。
目を覚ましたアンナの目に龍人が写った。
飛び起き龍人を抱きしめ、
「タツト、タツト。ダイジョウブ。ケガハナイ?」
「僕は大丈夫。どこも怪我していない」
そう言いながら龍人は、アンナにひどい激痛があるこを感じ取っていた。
龍人は自分のせいで大怪我をさせてしまったアンナの、自分の痛みよりも龍人のことを本気で心配している心が輝きを放ち、どんどんアンナの中で大きくなってゆく様に見えた。
それは龍人の中にある暗闇を照らし消し去ってゆく。
何かが龍人の中に芽生え始めた。
アンナの放つ輝きが龍人をも包み込んでゆく。
ああ、この人は僕の母なんだ、本当に母さんなんだ。
と強く感じ、そうあることを願った。
龍人は自分の目からこぼれる涙で、自分を産んでくれた母がいないことを尋ねた時に、父から感じたものがどういうものか、なぜ涙を流したかがわかった。
「母さん、ありがとう」
その一言しか龍人は言葉に出来なかった。
もっといっぱいアンナに伝えたいことがあったが、あふれ出す気持ちの多さにその一言しか口に出すことが出来なかった。
母と呼んでくれた嬉しさに、こみ上げる気持ちが涙となってあふれ出る。
「アリガトウ、タツト。ブジデイテクレテ」
(リュウゾウノイッテイタ、チカラハヒトヲシアワセニデキル。トイウイミガ、イマ、ホントウニワカッタ。コレホドウレシイコトハナイワ、ワタシモシアワセ)
アンナは痛みも忘れ、龍人を抱きしめ続けた。
それからの龍人はどんどん変わっていった。
感情を素直に出せる様になっていた。
アンナが起き上がれるようになるまで毎日、外で発見したことやその日にあったことをアンナに話した。
そのたびアンナが喜んでくれることが嬉しくて、毎日が楽しいと感じていた。
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