第7話 アンナ
龍人が初めてテレパシーで相手から感じたものは深い悲しみだった。
龍人が四歳の頃である。
「お父さん、どうしてお母さんはいなくなってしまったの?お母さんに会いたい」
龍造はまだ幼い龍人をただ抱きしめた。
母親のソフィアが他界したことを受け入れられずにいる息子に出来る、最善のことのように思えたからだ。
龍人は龍造の目から涙がこぼれるのを初めて見た。
直接見たわけではなかったがはっきりと、まるでテレビを見ているように頭の中に写った。
その時に感じたものだった。
感じたものはそれだけではなかった。
何か暖かく、けれども胸を優しく締め付けるような不思議な感覚も感じた。
しかしそれらが何というものか判らなかった。
ただ龍人は、もう母親には会えないのだと言うことは判った。
それが龍造の妻、ソフィアに対する深い愛情であったと認識できたのはかなり後になってからだった。
「龍人、明日から古武術の練習の他に、別の練習を始める」
何の練習かは先ほど抱きしめられたときに、父と自身から感じた特別な力だということは認識出来た。
それから毎日、能力の訓練が徐々に始まった。
練習と言うよりは訓練と言った方が当てはまるほど厳しいものだった。
ゆっくりと、しかし確実に龍人の能力は向上し、訓練に要する時間は体術訓練より少しずつではあるが長くなっていった。
能力の訓練を始めてから2年経っていた。
母の死は認識出来ていた。
しかし、能力者とはいえ六歳の子供である。
ショックを受けていないはずがない。
龍人は誰かに甘えたりといった、自分の感情を表に出すことが出来なくなっていた。
古武術と能力の訓練は日課でありこなしているだけ、他のことに興味を持てず、感受性にも欠けたところがあった。
ある日突然、龍造が女の人を連れてきて
「龍人、この人が今日からおまえの母親となる。アンナ、この子が龍人だ」
といって女の人を目の前に連れてきたままどこかに行ってしまった。
「タツト、キョオカラアナタノオカアサマニナリマス、アンナデス」
変な発音の言葉を話す女性だなと思ったが、何の興味も持てなかった。
龍造とアンナが通信を始め、数年と期間が短いため、アンナの日本語は、まだそれほど上手くは無かった。
黙っているとアンナという女性がいきなり龍人を抱きしめて
「アナタトカゾクニナレテ、トテモウレシイデス」
といって龍人の頬にキスをしてきた。
何の反応もせず、龍人は自分の部屋に戻ってゆく。
「アノコ、ココロトジテイル。イツカヤミニノマレル。コノママデハ」
その日の夜、アンナは龍造に
「タツト、イマヨクナイ。カナシム、オコル、タノシム、ヨロコブキモチ、トジテイル」
「すまない。判ってはいた。あの子の母の死以降、龍人は心を閉じてしまった。龍人の中に入り、こじ開けようとはしたが出来なかった。龍人自身から開かなければどうにもならないだろう」
「ダカラノウリョクノクンレン、ハジメタ?」
「そうだ、何かのきっかけになるかと思って始めたが、皮肉なことに心を閉じたことが能力の短期間での向上になっただけだ」
「コノママデハダメ。ノウリョクノヤミニノミコマレ、アイデンティティガホウカイスル」
「判っている。一刻も早く救いたいが、私にはまだ出来ないでいる」
「ワタシ、タツトノママニナル。アノコノナクシタモノノカワリニナル」
「いいのか、つらいことの方が多いかもしれないぞ」
「ワタシ、カゾクイナカッタ。コレカラモデキナイトオモッテイタ。デモ、アナタガワタシヲタスケダシ、カゾクニナッテクレタ。アイヲクレタ。タクサンカゾクヲクレタ。イマ、トテモシアワセ。チカラハヒトヲシアワセニデキルト、アナタガワタシニオシエテクレタ。ワタシ、カゾクニシアワセニナッテホシイ」
「ありがとう、アンナ。ありがとう」
翌日、
「タツト、オトコノコヘヤニイルダメ、ソトデアソブ」
そう言ってアンナは龍人を外に連れ出した。
「タツト、キノボリデキルカ」
龍人が無視していると、
「ワタシデキル」
そう言ってアンナは木に登り始めた。
出来るといった割になかなか登れない。
「タツト、テツダウ」
龍人は早く部屋に戻りたかったが、アンナが登らないと帰ることが出来ないと悟り、手伝うことにした。
なんとか太い枝まで二人が上り、座ることが出来た頃にはもう日が暮れかけていた。
「キモチイイネ、タツト」
龍人は暮れゆく空を見ながらいやな気持ちではなかった。
次の日も、又次の日もアンナは龍人を外に連れ出した。
龍人はアンナと外で遊ぶことが気持ち良いと思い始めていた。
山歩きは特に気に入っていた。
子守歌代わりだった”七つの子”と、母ソフィアとよく一緒に歌った、”赤とんぼ”を歌いながら山歩きをした。
いつからか、アンナと手を繋ぎながら歩くようになっていた。
(タツトハ、タノシイトイウキモチガメバエハジメテイル。ソトニツレダシテヨカッタ)
龍人の変化がアンナには嬉しかった。
(モウヒトツ、ナニカキッカケサエアレバ)
そのもう一つがなかなか見つからない。
(タツトハ、ワタシヲカゾクトミトメテクレテイル。ソレダケデナンテシアワセナコトダロウ)
今はまだそれだけでいい。
私は今とても幸せ、とアンナは思った。
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