(2)消え行く町。別にそれが。
国道沿い、海岸とは反対側にある小さな道の駅で高速バスを降りた。
そのバスはこれからさらに僻地へ向かう。都会の駅前から海峡を越えてさらに3時間も走って来たのに、まだここが終着駅じゃないのだ。
それでも、行き先がちゃんと決まっているのは羨ましくも思えた。
発車していくバスのお尻を少しだけ見つめた後で、祖父の家へ歩き出した時には、もうじっとりと汗が滲んできている。
道の駅から坂を降りて、民家の狭間を歩いても、あまりひと気がなかった。酷暑のせいもあるが、住人の絶対数が少ないのだ。開けっ放しの扉や網戸から、蝉時雨をかいくぐるようにテレビの音声が聞こえてくる民家もあれば、蜘蛛の巣とパキパキに乾き切ったプランターに囲まれて何の物音もしない民家もある。幼い頃には意識したことがなかったが、ここらはもう空き家だらけなのだろう。
ゆっくりと薄れて消えゆく町。その底に這いずる、か細い血管のような細道を進んでいくと、ちょっとした十字路に出くわす。その一角が祖父の家だ。
当たり前のように鍵はかかっていないので、引き戸をそのままカラカラと開けた。
すぐに廊下を行き来していた母さんと眼が合った。
お疲れさん、コーヒーでも淹れようか、と言うので、僕はそれに甘えることにした。
数年前に祖母が亡くなった後、この家は祖父がひとりで暮らしていた。日の出と共に漁港へ出かけ、日の入りと共に就寝する――そんな漁師一筋の仕事人間だった祖父だが、先日体調不良に見舞われて街の病院にかかってみたところ、腫瘍が見つかったようで、そのまま1週間ほど検査入院することになった。
そういうわけで、家主不在の間の諸々の管理と、入院する祖父のサポートが必要になった。実の息子である父さんは「仕事が休めない」と言うので、主婦の母さんと夏休みに入った僕の2人だけがここに来ている。
「模試だったんでしょう? どうだったの?」
氷だらけのコーヒーを勧めながら、母さんはそんなことを聞いてくる。
「ん、まぁ普通……」と僕はコーヒーの味の方に集中しながらはぐらかすことにした。
昨日模試を受けていたせいで、僕は母さんよりも1日だけ後乗りになった。だから母さんが「どうだった?」と訊くのは自然なことだけど、別に模試の手応えや結果なんて、何ひとつ意味のあることじゃない。学校から受けろと言われたから受けて来ただけだ。それで合否が決まるわけでも、何かが約束されるわけでもない。「手応えがあったよ」と言えば母さんは一喜するし、「なかったよ」と言えば一憂する、ただそれだけのリトマス紙みたいなもの。
だいたい、志望校判定欄に表示されるABCDEに、僕の憧れる具体的な未来が描き込まれているわけではないし、偏差値ランキング表にずらずら積まれた大学・学科名のy座標の高低からそれが見えてくるわけでもない。
「夢を持て」「なりたい自分をイメージしろ」「自分の頭で考えろ」「大学は目的ではなく手段だ」――そんな有り難い言葉をプレゼントされればされるほど、僕はただただ漠然と広がる大海原に放り出されて、この海のどこかに必ずあるはずの宝石を死んでも見つけろ、さもなくばお前の人生が満たされることはないと脅されているような気持ちに襲われる。
僕が今、本当に欲しいのは、百万もの有り難い言葉よりも、たったひとつの“確信”だった。僕はこうあるべきで、そのためにこうすべきなのだと、自分自身が納得できる確かな指針。些細なものでもいい、それさえあれば、僕は前に進める気がしていた。
でも、それがなかなか見つからないから途方に暮れているわけで、僕の現状とはつまりその程度のものだった。
適当な生返事を返している内にコーヒーはなくなり、母さんは再び掃除を再開した。
僕も少しぐらいは手伝おうとしたが、祖父の家は僕の部屋よりもずっときれいで、散らかりを探す方が難しい。「暗くならない内におばあちゃんのお墓参りに行ってきなさい」と母さんに諭されて、散歩に行かせてもらうことにした。
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