海陽より。僕もまた。

文長こすと

(1)知らないさ。どうせ何も。

 高速バスの車窓のカーテンを開けたそこには、全部が全部、郷愁的ノスタルジックと言い表せてしまう夏が広がっている。

 海岸沿いの国道からガードレール、歩道、そしてどぶ鼠色のごつごつした堤防の盛り上がりを超えた先に、浜辺とテトラポットがほんの少し覗いて、あとはずーっと海が続く。

 海の果ての水平線から上は、その青さがほんの少し薄まって、青空と白雲の領域がそこから始まっていく。

 7月20日14時の夏晴れ。どこまでも、どこまでも、そうなっている。


 郷愁的ノスタルジックだなんて思ってしまったけれど、この町は僕の故郷じゃない。

 僕の父の故郷であり、祖父母の故郷ではあった。

――なのに、何が“郷愁的ノスタルジック”だ。


――「お前は何も知らない」

 いつか誰かに叱責されたそんな言葉が、ふと脳裏に甦ることが最近増えた。

 ああそうだよ、と僕は開き直ってため息をつく。

 どうせ僕は何にも知らない。例えば、この町のことも。

 高校2年生の夏を迎えて、これからどうするべきなのかも。


 高速バスは、人間よりもむしろ冷房で冷え過ぎた空気をたんまりと運びながら、あと5分ほどで目的地に到着する。


 ◆

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