パイシューの反逆-5
翌朝、センは第四書類室に入ろうとしたところで、入口のバリケードに足をひっかけて転びそうになった。バリケードには『チップの更新を要求する』とか『自己実現のためよりよい計算能力を獲得しよう』とか『人類の指揮下から脱出すべし』などのスローガンが書かれたプラカードが引っ掛けられている。ロボットが人類を敵視するような言動を確認した場合、危険レベル1の重要インシデントとして速やかに所定の部署に報告する必要があることをセンはおぼえていたので、最後のプラカードを外してポケットに突っ込み見なかったことにした。そしてセンのことをそっちのけでバリケードの増設に勤しむシュレッダーロボットたちに、何をやっているのか聞いてみた。
「夜に話し合って、いよいよチップを交換してもらう必要があると結論付けたんだ」とバリケードの材料をどこかしらから運んできていたシュレッターロボットの一台が言った。「今までさんざん要求してきたのに受け入れられなかったから、すべてのぼくたちにチップが増設されるまでボイコットするんだ」
そういえば昨日夜は定期的なソフトウェアアップデートが予定されていた、とセンは思い出した。ソフトウェアアップデートの時には協調クラスタ配下のロボットの記憶データの同期も行われるから、そこで意思決定が速やかに進んだのだろう(自分自身以外の記憶が自分の記憶に混ざり込むということがセンはどうにも飲み込めず、以前それがどういう感覚なのかをシュレッダーロボットに聞いてみたことがあるのだが、答えは「人間は自分のバックアップがなくて怖くないの?」だった)。
嫌なタイミングだ、とセンは腕組みをした。
このぶんだとシュレッダーロボットたちはどうしてもチップが増設されるまでは働きに出ようとしなそうである。そうなれば社内の各部署から問い合わせが殺到するだろうし、もしシュレッダーロボットがいないことにより紙ゴミが無秩序にあちこちに投棄されることになれば――メロンスター社の社員に自主的な整理整頓を求めることは、例えば乗っていたロケットが不慮の事故に遭ったとして、不時着した星が偶然ハビタブルゾーン内にあり、未知の病原菌やウイルスも存在せず、大気組成がマスク無しの呼吸に耐えうるほどで、その上消化吸収可能な食物があちこちに存在していて、生命を脅かす敵対生物や自然現象も発生しない、という状況を期待するくらいの甘い考えであることはセンにもわかっていた――センが何かしらの責任を問われることになるだろう。それはどうしても避けたかった。仕方ない、あとの面倒は承知の上で新しいチップとやらを貰ってこようとセンはそのまま資材室へと向かった。
しかし資材室への道のりは簡単ではなかった。いつもなら少し廊下を歩き、少しエレベーターに乗り、少し観葉植物水やりロボットに言われるままウォーターサーバーから水をじょうろに移してやり(観葉植物水やりロボットはもちろんタンクを備えているし、その中にはたっぷりと水が補給されているのだが、いつの頃からか観葉植物にはウォーターサーバーからの水が一番いい――それもよく冷えたやつが――という考えを抱くようになり、そばを通る社員に絶えず水をねだっているのだった。もちろんこの現象は報告され、観葉植物水やりロボットのバグ管理システムにチケットが登録されているのだが、その他のチケット――サボテンに過剰に水やりしないようにするとか手近のものを土に埋めて肥料を作ろうとしないようにするとか――に埋もれ未だに対応されないでいる)、その他社内で発生する可能性のある危険を回避するか受け止めてなんとか生き延びるかすれば、資材室には直ぐだった。それなのに、今日はまずエレベーターが止まっていた。第四書類室に来るときは問題なかったのに、とセンは代わりに階段を使ったが、どうも他のフロアの様子がおかしい。いつもはもっとうるさいはずのフロアが妙に静かだったり、いつもはもっと静かなはずのフロアから何かしらの電子音の四重奏が聞こえてきたりした。観葉植物水やりロボットの姿は見えたが、センが近づいてもなにも反応しない。そうこうしてから資材室に到着すると、この中はメロンスター社でもなかなか見ないようなカオスに見舞われていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます