銀河偏在稟議フロー
鶴見トイ
マシュマロと偏見
マシュマロと偏見-1
生まれてから百と数十億年このかた、宇宙の中はぐちゃぐちゃしつづけだった。最初のほんの数瞬の間の指数関数的膨張が起きてから、宇宙の中の小さなつぶつぶたちはわけもわからずあちこちを行ったり来たりし、その過程でお互いにはげしくぶつかり合い、ありとあらゆるトラブルを引き起こした。
それがようやく落ち着いてきて、宇宙もようやくほっとしたのもつかの間、また新たなぐちゃぐちゃを生み出すものが現れた。もちろん宇宙はそれに抵抗し、様々な手段を試みた。ぐちゃぐちゃ生み出しの弱点である高温や低温をあてがってみたり、彼らの主な拠点である惑星に隕石を落としてみたりした。
これらの努力にも関わらず、現在でもぐちゃぐちゃ生み出しは根絶されていなかった。それどころか他の惑星に行ってはまたそこで新しく無用なぐちゃぐちゃを生み出すことに情熱を傾けていた。
このぐちゃぐちゃ生み出しの一員であり、小さなつぶつぶの成れの果てであるセン・ペルは、しかしぐちゃぐちゃ生み出しの中ではそれほどぐちゃぐちゃを生み出さないほうだった。というのはセンは昔太陽系という場所にあった地球という惑星のサルの子孫であるのだが、この地球という星は銀河の他の惑星出身者からはだいぶ軽んじられていたため、センのもつ権力というのは無いに等しかったからである。かつての地球の支配種族(というのも今は地球はゴミ処理業者保有の処分場になっており、現在の支配種族はプラスチックを好む極めて無害な微生物であるからだが、それはともかく)は、数万年経っても自分の力で銀河の他の生命体とコンタクトを取ることすらできなかったし、自分の星で一番よく売れた本のことについて誰もきちんと理解できていなかったというお粗末な生き物だった。だから地球人の子孫というのは銀河のどこにいってもたいてい軽んじられる対象で、それはセンの住むバファロール星でも例外ではなかった。そのためセンは今の職に就くまでは、地球の遺した唯一の文化である料理をしぶしぶ生計の手段として行っていた。地球が見つけられるまでは銀河の他の文明には料理という単語そのものがなかったが、今ではほぼ全体に料理を楽しむ風習は広まっており、地球人の料理人は箔をつけたいレストランや星をつけたいレストランや高値をつけたいレストランではいつでも求められていたので、大学を卒業してからしばらくの間、センはそうやって働くことで口に糊していた。
しかしセンは、料理人として働く地球人というのは、休暇に衛星めぐりをするカストル人や花をポケットの中で育てるサルガス人なみにステレオタイプすぎると思っていたし、だいいち身体から揚げ物のにおいをさせている理由について毎日人工知能搭載火災報知器に説明するのにもいいかげん嫌になってきていた。それで休日を使って就職活動を行い、結果現在の職場であるメロンスター社に籍を置くことになった。この点からも、地球人の知的能力の低さは見て取れる。
メロンスター社は銀河じゅうで知られている大企業で、連星見学ツアーからへちまの栽培、王族のスポット派遣から墓参り代行まで多岐に渡る事業を行っている。あまりに事業案内資料が長くなり、すべてを読み切るのにかかる時間が知的生命体の平均的寿命をオーバーしたため、最近では事業案内資料ファイルのハッシュ値を計算し、それを配布することで事業案内にかえることが試みられた。しかしこのハッシュ値計算ならびにその技術開発・応用が事業に加わったことでハッシュ値は再計算の必要が生じ、再計算の必要が生じた結果また新たな事業内容が加わり、が繰り返された結果ハッシュ値配布による事業案内はメロンスター社の計算資源を食いつぶし、あやうく事業すべてが白紙になりかけたところでこの試みは中止された。これは多くの人をたいへんがっかりさせた。というのも、メロンスター社はもちろん有名な大企業であるが、有名になる理由というのは星の数ほどたくさん存在するからだ。そしてメロンスター社が有名な理由は、明るく輝く恒星や人々を楽しませる彗星というより、爆発する超新星や周りを引きずり込むブラックホールのほうにより近かった。そして、メロンスター社はこの銀河じゅうで最高レベルのぐちゃぐちゃ生み出しだった。
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