07 朗読

 人には得意不得意というものがある。

 例えば、養父ダリスはとにかく片付けが出来ない人間で、執務室はひたすら本と書類と埃が積み重なっているが、意外なことに料理が得意だ。(しかも、調理器具の片付けはちゃんとする)

「あれはね、他人の領分を荒らすのはよくないけれど、自分の縄張りなら安心して荒らせる、という感覚なんですよ」

 溜息をつくオーロは、ダリスとは反対に整理整頓が得意だ。今日もテキパキと書類を整理し、ついでに要返却の本を発掘し、その合間にこちらの宿題の進み具合を確認する、という離れ業をやってのける。

「ラウル。さっきから一向に進んでいませんが、どこでつまづいているんです?」

 かれこれ半刻ほど向き合っているのは、神聖語で綴られた聖句集だ。この神聖語というのは実に厄介で、綴りが難しい上に発音の決まりが複雑極まりなく、きちんと学習しないことには、書くことはおろか読むことすら出来ない。故に神学生はまず、神聖語の書き取りと発音を徹底的に叩き込まれる。

「ここ、この部分がどうしても続けて発音できなくてさ」

「お父様に聞けばよろしいでしょうに」

「クソジジイの発音はあてにならないんだよ! あれでよく副神殿長とかやってるな、あいつ」

 副神殿長ともなれば、人前で聖句を唱える機会も多いはずなのだが、一向に上手くならないのは何故だろう。

「まあ、多少間違えても、神聖語を知らなければ気づきませんからね」

 しれっと言い放った若き秘書は、仕方ありませんね、とラウルの手から聖句集を取り上げた。

「ちゃんと聞いていてくださいよ。『我らが主、蒼き夜を統べる御方。すべての命は夜をしとね微睡まどろみ、遠い夜明けを夢見る……』」

 朗々と響き渡る声。普段の気弱な様子からは想像も出来ない、その堂々たる響きは、埃まみれの執務室を大聖堂に変えてしまうほど。

 聖句だけではない。絵本や小説、無味乾燥な辞書の説明文さえも、彼が読み上げればたちまち天上の調べに変わる。

 それが聞きたくて、わざと執務室で宿題をしているのだが、果たして彼は気づいているだろうか。

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