08 天狼星

 狭苦しいコクピットの中で、通信機から流れてくる雑音混じりの声に耳を澄ます。

『ガガッ……こちらK1』

「K1、こちらK2。なにかあったのか」

『目的の星を発見。これより惑星探査に向かう!』

「やけに発見が早いな」

『とーぜんだろ! オレのギャラクシージェットサイクロン号は超高性能なんだぜっ!』

 その、掃除機みたいなネーミングセンスはいかがなものかと思うのだが、つっこむべきはそこではない。

「待て。目的の星はシリウスだろう?」

 我々に課せられた任務は、地球から遙か8.6光年彼方に輝くおおいぬ座α星――冬の大三角を形成する星の一つ、シリウスを調査し、その結果を持ち帰るという過酷なものだ。

「そーだけど?」

「シリウスは恒星だ、惑星じゃない」

『どーゆーこと?』

 トランシーバーの向こうで首を傾げているだろう相手に、やれやれと溜息をつく。

「太陽みたいに燃えている星だ。つまり、降りて調査はできないってことだ」

『えええええ! じゃあ、シリウス星人とかいないの?』

 問題はそこなのか。

『あっ、でも大丈夫! オレのギャラクシージェットサイクロン号は百度の炎にも耐えられるんだぜ!』

「そうかそうか。ちなみにシリウスの温度は約一万度だ」

『ぎゃー燃えるー! って、うわあああああ!』

 やけに臨場感のある悲鳴が聞こえてきたかと思えば、しばらく経って、再びトランシーバーが鳴った。

『あー、あー。こちらシリウス星人。お前の仲間は我々が捕獲した。返して欲しくば一分以内に居間へ降りてきておやつを食べること』

『かーさん! ジャマすんなよー!』

『この通り、捕虜は無事だ。しかしお前の返答次第ではどうなるかな?』

 ククク、と芝居がかった笑い声まで響いてきた。いやはや、なんともノリの良い親御さんだ。

「了解。これより居間に向かう」

 トランシーバーのスイッチを切り、締め切っていた押し入れの戸を開ける。ああ、窓から差し込む太陽光が目に眩しい。

 階下からは「クローゼットに入って遊ぶんじゃないって言ってるでしょうが!」というお説教が聞こえてくるが、宇宙船のコクピットは暗くないと雰囲気が出ない、と提案したのは俺なので、あまり責めないでやって欲しい。


 人類は未だ太陽系の外にも出ていないが、こうやって空想の翼を広げれば、シリウスだってすぐそこだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る