10 私は信号

 漆黒の宇宙に、私は浮かんでいる。

 辺境宙域に設置されて幾星霜。定期航路から外れたこの場所にやってくる船はほとんどいないから、私の存在に気づいている人はとても少ない。

 だから、予期せぬ故障で機能停止しかけている私の呟きを、誰も聞くことはないだろう。


 私は信号。船を導く、遙かな光。

 私は光。そう――過去を繙く、かすかなシグナル。

 誰か気づいて。どうか、喪わせないで。

 過去から未来への、ささやかな贈り物――


* * * * *


「まさか、辺境宙域の信号装置に、こんな秘密が隠されていたなんて……」

 機能停止したシグナルから回収したのは、とある映像データだった。

 遙かな昔、地球がまだ美しかった頃に撮影されたとおぼしき、地上の映像。

 青い空と海、色とりどりの花々。そよぐ草原、雪を被った山脈。大自然の中、躍動する生き物たち。

 度重なる紛争に加え、急激な環境変化と氷河期の到来により、宇宙進出を余儀なくされた人類。発祥の地である太陽系第三惑星『地球』に関する資料は散逸しており、これほどに高解像度の資料が発見されたのは、まさに歴史的快挙といっていいだろう。

 船がこの場所に辿り着いたのは、もちろん偶然ではない。コロニー種族『リー・オン』の伝承歌を解析した結果、特定された宙域に浮かんでいたのが、このシグナルだったというわけだ。

「いつか、誰かがここに辿り着くことを願って、彼等は伝承を残したんでしょうか」

 『リー・オン』の母船である『始まりの船』は止まることを知らず、彼等が母船を退去してもなお、ひたすらに宇宙の果てを目指しているという。

 退去時の混乱に乗じ、過去の抹消と捏造が行われて、多くの歴史的資料が失われた。これはきっと、その一つだ。当時の誰かが意図的に、この場所に残していったもの。

 それは、あまりにも成功率の低い賭けだったのだろうけれど、手元に残して失われるよりはましだと、きっと先人は判断したのだろう。

「過去を乗せて走る船と、未来に残された過去の宝、かあ。なんだかスケールが大きすぎて、受け止めきれないね」

 だからさ、と少年は笑う。

「ああ、きれいだね、って素直に思うのが、きっと一番いいんじゃない? だってお宝ってそういうものでしょう?」

 不器用に片目を瞑る少年に、隻眼の船医は「違いない」と頷いた。

「ああ、間違いなくこれは最高級のお宝だ。こんなに美しいものを見たのは、生まれて初めてだからな」

 元海賊がこう断言するのだから、きっと間違いない。

「それじゃあ、お宝の発見を祝って、かんぱーい!」

「ちょっとドクター! ブリッジは飲酒禁止です!!」

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