終章
街に戻ると、真っ先にシエラに泣きつかれた。死んだかと思った、なんて辛辣な言葉を投げかけてくれる。俺は彼女を抱きしめた。ありがとうと囁きながら。
「お前の剣のおかげで俺は勇気を得たんだと思う。ありがとな」
シエラに剣を返すと、彼女は涙を堪え、静かに、けれどもどこか傲慢な姿勢で答えた。
「あたりまえでしょ? 私の剣なんだもの」
宴が開かれると、皆は大盛りしていた。配給所の酒場のオーナーが隠し持っていたというワインが振る舞われたらしい。残念ながら食べられるようなものはなかったが、すきっ腹に流し込む酒の味は格別だった。
ヒュウガはずっとレティーシアに絡まれていた。シエラはディエさんの作った紅茶を飲みながら、俺と話していた。他愛もないことを、昔の思い出を話している、この時間が楽しかった。
夕闇が深まるにつれ、宴も終盤を迎えていた。気が付くと、ヒュウガがいない。辺りがなにやら騒がしくなってきたので、俺は抜け出すようにヒュウガを探していた。
どこを探しても見つからない。この経験も懐かしい。あっという間の一週間だった。短く濃かった日々を反芻しながら、行きついた先は神殿だった。
そこには神さんがいた。まだ体調は戻っていないようだが、血色はいい。ヒュウガの行方を問うと、神さんは穏やかに笑いながら答えた。
「帰ったさ、先ほどな。破壊の女神の鉄槌を食らうわけにはいかないのだ、とか言ってな」
「それって……」
「あぁ。奴は、あの神は、自分を生み落としたものが恐ろしいようだ」
そう言った神さんにつられて、俺も笑ってしまった。
この一週間で、いろいろな発見をした。こことは別の世界の文明。ここで起きた陰謀。忙しい一週間で多くのことを学び、成長したのは、ヒュウガだけではない。俺もだった。
「……なぁ、神さん」
なんだ、と訊き返した神さんに、俺は乞うた。
「頼みたいことがあるんだ」
俺にはまだ、やらねばならぬことがある。
やはり、街の者が忙しそうにしていたのは、俺の処刑の準備であったらしい。彼らは約束を覚えているし、破らないいい子ちゃんだ。だから、俺の体に今、縄を巻きつけている。どうやら処刑法は火炙りに決めたようだ。やられたからやり返す。単純な奴らだ。
ギルドラートの屋敷の前ではりつけにされた俺が見た景色は、壮観だった。こうまでするかと思えるほどの罵詈雑言。上から一望できる民の顔は歪みきっており、もはやどっちが悪魔かわからない。
その中に、聖女がいた。シエラだ。涙を流しながら、目を閉じることなく、俺の最後を見届けてくれようとしていた。
「点火!」
俺の足元に、次々と火炎瓶が投げつけられた。視界が炎に歪む。つま先がなんだか変な感じだ。だが、不思議と痛みや苦しみは感じなかった。ただ、愚かだと、彼らを嗤っていた。なぜこうも学習しないのだろう。皆が知っているはずなのに。
選ばれた人間以外が、神や悪魔を傷つけることはできない。
炎が全身を包み込み、磔刑台さえ焼け落ち、崩れたときであった。
空に閃光が走った。稲光か、そう民が呟いた途端、大粒の雨が降りしきり始めた。その恵みは、火を消し止めていった。驚愕する民。それが単なる自然現象でないと、俺は知っている。
これは奇蹟なのだ。神が起こした奇蹟。
焼け焦げた体を冷たい水が打つ。その痛みが、俺は心地よかった。それこそが、俺が生きているという証だから。
俺は駆け出した。焼け歪んだ体が水を受ける。叫ぶ民の声は、皆雷に消えていく。
俺は振り返り笑った。狂ったように吠える人々の中で、唖然とこちらを見つめる者に。
「シエラ、」
俺はまだ死ぬわけにはいかない。
「シエラ!」
お前の、その足を治すために。
聖女は微笑みを返した。そして、口を開く。
――は や く し な さ い よ
人に隠れて見えなくなる聖女。その高慢な態度に、俺は安らぎを覚え笑った。
「あぁ、約束だ」
誰にともなく呟く。
雲の隙間からわり出でたる太陽が、アルマトレバに光を降らせていた。
――fin――
聖剣の厨二病 湊川ユーリ @reavig
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