六日目5

 森から街をぐるりと回り、やってきたのはシエラの家だった。ドアを蹴破って中に入ると、驚いたようにこちらを見る二人の姿が目に移った。ディエさんとシエラだ。茶会でもしていたのか、机の上にはティーカップとティーポット、お菓子が並んでいる。こんな時になにをやっているんだと、俺は怒鳴る。


「なにしてるんですか! なんで茶なんて飲んでんですか!?」


 仕事が終わったから茶会なんて、無責任にもほどがある。目を剥いて怒鳴ると、彼らは顔を見合わせた。ディエさんは手に持ったティーカップを見つめ、首をかしげる。


「たしかに、どうしていたんでしょうか……」


 呟いたディエさんの言葉に、俺は嫌な予感がした。恐る恐る、俺は問う。


「パンの件、ちゃんと民に伝えたんですよね……?」

「それは、伝えた……はずですが……」

「リューク……さっきからどうしたの? それに、その血……」


 さっきから無言で俺をじっと見つめていたシエラが俺の服を指差した。

 そうだ、シエラはなにも知らないのだ。いや、誰も彼の脅威を知らない。

 俺はシエラの肩に手を置き、子どもに言い聞かせるように言う。


「オルガンなんです。すべての元凶はオルガンだったんですよ」

「嘘……なんでオルガンが……」

「……俺だって、わかりませんよ」


 シエラは手を組み、目を閉じて祈りを捧げた。その目からは光るものが流れていた。そうして体を震わせるシエラの肩を抱き、俺も目を閉じる。彼女にとってオルガンは信頼できる人だったのだろう。同じ神さんに救いを求める者として、信じて疑わなかったに違いない。だからこそ、こうして彼女を安心させたかった。俺は、俺だけは敵ではないと、信じてもらいたかった。

 それにしても、レティーシアはオルガンが怪しいと疑っていたから、気をつけろと言っていたのか。

 ――そうだ、レティーシアだ。


「ディエさん、レティーシアはどこにいるんですか?」


 ディエさんに同行していたレティーシアなら、なにか詳しいことを知っているかもしれない。俺では至らなかった真相を解明しているかもしれない。

 ディエさんははたとした顔になって、顎に手を当てた。


「そういえば……あの後レティーシア様とはどうしたんでしょうか……」

「ディエさん、さっきからどうかされましたか?」


 様子を見るに、明らかにおかしい。まるでかつてのヒュウガのようだ。記憶の一部が抜け落ちて、確信が持てないような言動……。

 ――もしかして。俺はディエさんに鼻を近づける。


「……やっぱりだ」


 同じ匂いがする。オルガンから漂ってくる匂いと。テオや俺が嗅いだ匂いと。

 もしかして、薬物は記憶障害をも引き起こすというのか……?

 記憶を消すことだって可能。そんなことができるなんて、相手はどれだけ厄介なのだ。俺はその事実に立ちすくんだ。

 それにしても、とディエさんが眼鏡をかけ直した。


「どうしたんでしょうか。水を飲むよう言ったことまでは覚えているんですが……」


 ――水?

 そうだ、オルガンはわざわざ「水だけを飲むように」と言い残したのだ。それに、民への心配以上の意味が込められていたとしたなら……。


「そうか、井戸だ……!」

「ちょっとリューク!」

「リューク様!」


 俺はシエラの家を飛び出し、街のツリス広場へ向かった。

 もし、オルガンが水になにか細工をしようとしていたとしたら。

 例えば、水源を穢す毒物のようなものを仕組んでいたとしたら。

 背中が震えあがった。まさかを想定して、いよいよ他人ごとではなくなってきたことを理解した。

 奴らはこの街の人間を壊滅させようとしているのか……?

 一匹残さず根絶やしに。異教徒は必要ないということなのか。

 なんにせよ、放っておくわけにはいかない。

 俺がオルガンで水源を穢して人々を屠るなら、すべての井戸とつながっているツリス広場を狙うだろう。


「頼むから、間に合ってくれ……!」


 俺は人気の少ない路地から街へと侵入し、広場を目指した。

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