SIDE OF
「――食糧不足、資材不足により、革命は多難と見えます」
男の報告に、書斎の椅子につく大天使は、読みかけのロイド書を閉じた。そして、愉快そうに喉を鳴らした。
「きっとリュークは革命どころじゃないくらい参っているだろうね」
「えぇ、恐らくは」
自身の経歴には重い役目。それを疎む異端者嫌いの民の言動。しかし放棄できない定め。
様々な葛藤と責任が入り交じり、彼は精神的に参っている様子であった。
大天使は視線をロイド書に落とした。長いまつげが憂いを帯びた灰の瞳にかかる。
「しかし、愚かな民だね。彼らにとって救世主である者を、どうでもいい外見や経歴で差別し疎むのだから。主の救いを受けるにも値しない。本当に、愚かで救いようのない穢れ人だよ」
民は彼の英雄を穢れと忌み嫌う。故に、彼はその魂をも闇に染め、暗がりに沈み込んでしまったのだ。
だからこそ、ヴェルジュリアは彼の使途を救わなければならない。主の祝福を受ける権利が彼にあるのだから。
いや、主に近づく権利ですら、彼にはあるのだ。
「そうだ、革命の件は?」
大天使は指を組んで問うた。
「どうやら一週間以内に行われる模様です」
「へぇ、協調性の欠片もないのによくやるねぇ」
大天使は口元を皮肉げに曲げる。
「黒衣の少年の事情だそうです」
「あぁ……そうか」
再び視線を落とした大天使は、考え込むように唸った。
彼は男にはわからないようなあちらの世界の事情をよく知っていた。彼らの主が伝えるのだ。大天使の名を冠する者は、どこにいても神族の呼びかけに応じることができた。
数分の静寂ののち、大天使は口を開いた。
「急ぎ少年とリュークを回収しなさい。今のところ策はどうなってるんだい?」
「順調だと思われます。新たな駒に仕掛けはセット済み。孤立化は図れましょう。民の件ですが、そろそろ薬が効いてくるころだと思われます。曰く、明後日は曇天だそうで。個人差はあるでしょうが、混乱は引き起こせるはずです」
「そうだ、彼は? 発見できたかい?」
「彼とは……農家の彼でしょうか? いえ、発見には至っておりません。おそらく少年を追う過程で何らかの事故に遭い、死んでしまったものと思われます。死体はおろか、ジュウすら行方不明。悪魔の森ですので、発見は困難であると思われます」
悪魔の管轄内となると、彼は悪魔に見つかった可能性が高いだろう。というより、悪魔にやられた可能性が高い。ジュウも秘術も、奴らに悟られた可能性が高くなる。
ならば、だ。
「奴らにとって、今は疑問が大量に増えて大変なことになっているに違いない。特に、裏切り者がまだいるかもしれない、という恐怖に駆られているはずだ。これは僕らにとって危機でもあり、チャンスでもある。英雄が孤立する、立派なチャンスだ」
疑心暗鬼になっているリュークたちにとって、うかつに裏切り者がいる、とは言えないはずだ。計画とも相まって、より孤立化は図れるはずだ。
大天使は棚に飾られたモノを机に置いた。顎をしゃくると、男は胸の刻印に手を添えたのち、震えた手で取った。
「研究が進んでね。復刻できたのはそれだけ。試作品というわけだ。
死は主からの贈り物だ。死を与えることに、羞恥などない。むしろそれは、己が主へと近づいたというなによりの証拠なんだよ」
言うと、男は丁重にしまい込み、感激にだろうか、もう一度胸の刻印を押さえた。
大天使が言う。
「ロイド書、第九篇でもどうかな?」
男は賛同した。
そうして大天使たちは、主からの祝福を歌った。
Sar weast destire chis F.
主よ、清きと穢れを区別した主の使途たちよ
いったいどれほどの邪が私を襲うのでしょうか
地下からの、邪悪の使途は言います
「己らが神は悪魔である。その幸福は虚偽である。いずれ偽りの世界が崩れ去ることだ ろう」と
しかし主よ
あなたは私にこの日差しと、恵みを与えてくださりました
友と語り、家族を抱きしめるぬくもりを与えてくださりました
暗がりの深淵に潜む穢れを地下に閉じ込めたのです
醜悪な穢れ人は私を嗤います
「悪魔の無垢な飼い犬である」と
どれほどの悪が地下から這い上がろうと、どれほどの悪が巨塔を越えようと
私は決して恐れません
救いはあなたのもとに、希望はこの楽園に満ちています
あなたの祝福を受けた私に
あなたの導きがありますように
Sar weast destire chis F――
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