四日目
満足に眠れない夜を過ごし、やっと浅い眠りについた明け方。俺を叩き起こしたのは騒音だった。ドンドンと、激しく戸を叩く音。軋む戸に、初めはヒュウガの嫌がらせかと思ったが、その声を聞いてそうではないと悟った。
甲高い女の声と、男の声。無論そればかりではなく、様々な人の声が聞こえてきた。
これはただ事ではない。飛び起きると、ヒュウガは寝ぼけ眼を擦りながらこちらを見ていた。頷いて、俺は戸を掴む。
開く前に、戸はこじ開けられた。顔を覗かせたのはダニエラと男女だ。彼らの背後には民が集っていて、月光に照らされたその顔は、湧き上がる怒りに震えていた。
「どうした――」
「ちょっと!! あんた何やってんの!?」
「おい! どういうことなんだよ!!」
唾を飛ばしながら、ダニエラを筆頭に、皆口々に吠える。見るに、なにやらとてつもないことが起こったようだ。そして、おそらく俺がその犯人だと思われている。
「おい、なんのことを言ってるんだよ。説明してくれないか」
あまり刺激しないように言ったつもりではあったが、どうやら今の皆は怒ったサルであるようだ。目を剥いた男は俺の胸ぐらを掴み上げる。
「しらばっくれる気か? 盗んだのは分かってるんだぜ?」
「盗んだ? 何をだよ」
「はぁ? てめぇ、この期に及んで、俺らを騙そうってのかっ!?」
「だから、何をって聞いてんだよ!」
堪えきれず、男を掴み返そうとした時だった。
ダニエラはヒュウガと俺を指差し叫んだ。
「どうせアンタたちが二人して食べたんだろう!? 食糧庫からパンを盗んで!」
俺とヒュウガは顔を見合わせた。昨日はそんなことをしている余裕はなかったし、たとえあったとしても、買えるパンをわざわざ盗むような真似はしない。
どうせ、そう言ったって奴らは納得しないだろう。俺は疑われるに値する人間だ。だが、ヒュウガを疑うのだけは容認できない。
「お前ら、異人だからって決めつけてんじゃねぇよ!」
「じゃあ、あんたら以外にだれがいるのさ!」
そうだそうだと、暴言の雨あられ。
お前らが食ったんだろうが。そんなことを言ったら、彼らは逆上してしまうだろう。
まぁ、どうせ犯人はくだらない奴に決まっている。なら、とっ捕まえてつるし上げ、濡れ衣を晴らせばいい。
剣と聖剣を手に取る。俺らしくもないが、要は改心させればいいのだ。
「俺も行くべきか?」
「こんなとこにいたら猿の獲物だ」
上着を羽織り、ダニエラたちを突き飛ばして進む。非難の声と視線を背に受けながら、俺は走りだした。
食料庫はこの街に五つある。決められた区内の食料庫のパンなどの食料は、その区内の広場や店などに運ばれ、民に配られるのだ。そして、それらすべての食料庫を統御しているのが、あのダニエラであった。
街へ続く砂利道とは反対方向に、問題の食料庫はあった。そこにはこれから畑に向かうであろう鍬を持った大人子どもたちがたむろしている。俺を見るなり、非難めいた睨みを利かせながら、馬を引いて去っていった。ここは平地を利用した農家たちが住まう区内で、街のはずれのはずれに位置している。その食料庫はちょうど俺のボロ屋の区内にあるのだ。その区内でパンが盗まれたとなると、疑われるのは俺。疑われるにふさわしい者である。
だが、この区内であれば、誰であろうと盗む可能性はある。
この区画は、貧乏人ばかりが集まっているのだ。
入口にかかるランプを手に、倉庫の中を照らす。辺りには、嗅いだことがあるようなないような、不思議な甘い香りに満ちていた。
「うわっ……まぁ、これはずいぶんと派手にやったのだな」
呟いたヒュウガの言葉に、俺は頷いた。
パンは、毎日職人たちが大量に生産し、食料庫に集められる。最近は食料庫いっぱいに、とまではいかないが、それでも一区画の民の分はまかなえるほどには詰まっているはずだった。だが、棚に並んでいるはずのパンは、あたりに散乱している。食べかけのものもあれば、砂にまみれたものもある。そのうちのいくらかは確実に減っており、まるで空き巣に入られたようだった。
「こいつは……もう食えねぇかもな」
踏まれて砂まみれになったパンを拾いあげる。払うと砂ばかりでなく、ほこりなども一緒に舞い上がっていった。咳き込みながら、ヒュウガとともに辺りを見回ってみる。
「リューク、どうだ? 現場を見てみて」
「まぁ、俺ならもっとうまくやるな」
美しさがこの泥棒には足りない。全体的に粗野だ。それに、普通盗むならバレない程度にやるだろう。せめて痕跡を隠したりするのが普通のやり方だ。犯人はよっぽど稚拙な人間なのだろう。
ランプで照らしていると、食料庫の一角が光った。
近づいてよく見ると、小さな鮮やかな赤の葉のようなものがある。
「……ナメたマネしやがるな」
俺はそれを手に取った。横からヒュウガが覗き込んでくる。
「なんだ? そのゴミは」
「手がかりだよ。犯人のな」
手先の器用さと観察眼だけは一流だと自負している。見つけたその赤のものは、まぎれもない証拠だった。
砂糖の代わりとなる木の実、ゼクスの実。その赤黒い殻の内側には、鮮やかな赤の薄皮がある。見つけたそれは、紛れもなくゼクスの実のものであった。
そして、この街にゼクスの実を作っている農家はひとつ。ちょうど、この区内の平地の農場だ。
「行くぞ。とっ捕まえてやるんだ」
「え? あ、あぁ、分かったが……説明を頼む」
「うるせぇ、後でだ」
よくも俺に罪を擦り付けてくれたもんだ。吐かせてやる。
なにがなんだかわからない、と言ったようなヒュウガを掴み、俺はいきり立って倉庫を駆け出た。
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