二日目9
家に戻るなり、俺は剣を放り投げた。重たい音を立てて転がる聖剣に、なぜか安心感を覚えている。
――もしかしたら、俺もとっくに狂っているのかもしれない。
こんな鉄くずのために駆けまわり、あんなバカのためにまだ寝床を用意してやっているのだから。
乱れたカーペットを整え、俺は自虐して嗤った。
空では夕日と闇が混ざり合っていた。窓辺から見えた時告げの花は枯れ果てた頃だった。
ガタリと扉が開いた。
現れたのは黒一色の男、ヒュウガだ。砥いでいた剣を置き、ヒュウガに寄ろうとするが、ヒュウガは家に入るなり寝転がってしまった。無理もない。さんざん泣いた後だ。泣きはらした目など、見られて心地の良いものではない。
無事に戻ってきてよかった。そう思うと、どっと疲労感と眠気が押し寄せてきた。今日一日、ずっと外にいた気がする。久しぶりの外出に、ずいぶん疲れていた。
作った体はすぐ鈍るな。欠伸をしながら剣を立てかけ、俺も床に就く。
「……こんな世界だと、思わなかった」
少しまどろみかけていた俺の耳に入ってきたのは、ヒュウガの声だった。
「……まだ寝てなかったのか」
視界の端に彼を見ると、背中だけがあった。どれだけ森を歩き回ったのか。砂と泥にまみれた黒衣はところどころ破け、怪我でもしたのか、うっすら血の臭いがしていた。
「こんな世界って、……どんなだと思ってたんだよ」
「……魔法が使えて、妖精とかがいて。それで俺が輝ける世界だと思ってた」
「妖精は知らないが……悪魔に神さんはいるぜ?」
「うん。……俺の昔の世界が、ちょっとファンタジックになっただけだ」
「そうなのか」
うん。そう小さな声を残し、辺りは静寂に包まれた。
動物も風も鳴かない。朝が夜へと変わるとき、この街では呼吸音さえもよく響いて聞こえるのだ。
衣擦れの音と家鳴りがしたかと思うと、鼻をすすったような音が聞こえた。
「……家に、帰りたいよ」
震えた呟くような声は、嘘ではない、ヒュウガの隠しきれない本心なのだろう。今はこの生意気な野郎が、ただの臆病で寂しがりな子どもに見えた。
ただ目立ちたいだけ。
初め、神さんが言った言葉。
彼は本当は、嘘もつけないようなひ弱なヤツなのだろう。
逆を言えば、純粋で純白。
だから、俺は誓った。
「……絶対、七日で革命を終わらせてやる」
きっと民は笑うだろう。ヒュウガを召喚したことは、愚かで、史実の汚点だ、と。
いや、たとえ奴らに笑われたとしても。
ヒュウガのためにも、シエラのためにも、そして、俺自身のためにも。
七日間革命を、遂げてみせる。
「ついて来いよ。聖剣の乙女サン」
俺は目を閉じた。瞼の裏に訪れる闇を、微かな光が払っていく。
「……がんばる」
偽りのない返事を最後に、部屋は再び静寂に包まれた。
人々が寝静まった頃、俺は、静かに決意した。
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