第2話 正義を向けた先には。
いつもは騒然とする街中だが、今日は違った。ジャックされた銀行の周りは全く人がおらず、その区域が無いものにされたかのようだった。
「いやぁ…相変わらず酷いねぇ…。俺の現役の頃じゃ、事件あれば人がよってきたのに…ったく、平和主義すぎるだろうよ。この国の国民は。」
無人で運転されている車に乗りながら秋本は独り言のように言った。すると、それに噛み付いた柿原は、少し不思議そうに言った。
「何がダメなんだ。そもそも、過去の人間は生きることにリスクを犯しすぎて、正直馬鹿としか言いようがない…。それに比べれば、今の国民は上手く、器用に生きていると思うんだが。」
「なんて言ったらいいんだろうなぁ…。」
柿原の言葉に、秋本は少し言葉が詰まった。が、空虚な空を見つめてから、下を向き、そして、三秒ほど考えた後に続きを話した。
「人間らしくないというか…。俺の時代の人間、いや、これまでの人類は、リスクが大好きだったんだよ。例えば、危険だと分かっていても、大物を狙って狩りをしたり、テストをカンニングしたり…。でも、リスクには必ず何かが着いてくるんだ。」
「事件を間近で見て、何の得があると言うんだ。着いてくるのは、恐怖や、苛立ちのような負の感情だけだろう。」
秋本が言い切る前に、柿原が食い気味で反論する。その反論を聞き、秋本は嫌味のような大きなため息を着きながら言う。
「事件を近くで見ることで着いてくるものなんて一つだけだろ。好奇心のための満足だよ。最近の人間の心情には好奇心が無さすぎるんだ。」
「目的地に到着しました。支給武器はトランクに積んでありますので、ご自由にお使いください。では、ご武運を。」
秋本の言葉が言い終わると同時に、車は目的地に到着し、自動音声によるアナウンスが流れた。アナウンスが終了すると、自動で車のドアと、後部のトランクのドアが開いた。
「行くぞ。老いぼれ。仕事の時間だ。」
「老いぼれって…俺はまだ四十なんだがなねぇ…。」
という一連の言葉を交わし合い、二人は銀行の前に立った。武器はレーザーガン、レーザーソードのどちらかから選び、どちらも実弾、真剣より殺傷能力が低めだ。現在の事件では、その場で殺すのではなく、どんな場合でも逮捕をすることが刑事には義務付けられている。
「仕事って…ゲームかよ…。」
秋本は独り言をため息と共に吐き出す。そして、先に歩いていった柿原を追いかけた。
近未来的なデザインで、壁面にはデジタル画面ではなく、精密な3DCGで大きく映し出されている広告が印象に残る大きなビル。ここが事件でジャックされた現場だ。この事件の犯人の犯行動機は言わば目立ちたいだけで、よくある巷では「お遊び犯罪」と呼ばれるような犯罪。全てが平等になった今では、いい意味でも悪い意味でも一人一人が目立たない。なので、自分を見つけてもらおうと必死で犯罪を犯すものが多い。
「よく聞け、老いぼれ。犯人は、山畑翔一。現在は銃を持ち、当ビル五十二階で潜伏中だ。銃だけならいいが、彼には大きな武器がある。」
「…人質か?」
「そうだ。だから、犯人と対峙した場合は慎重に逮捕しろ……って聞いているのか?」
情報端末をスリープモードに切り替え、秋本に振り向いた柿原だったが、そこには秋本の姿がなかった。
「…ったく。人が真面目にやってるんだから、ちょっとは大人しくしろよ。」
と、柿原は呟くと、小さく舌打ちをして、走って行った秋本を追いかけた。
「……聞こえるか?こちら秋本。犯人を確認した。これから、逮捕を試みる……。」
と、秋本から柿原へ通信が来たのは、ビルに入って、十分が経つかどうかのわずかな時間だった。これに対し、柿原は冷静に対処する。
「……老いぼれがどこまで使えるのかまだ未知数な所もあるんだ。今は俺が追いつくまで追跡しろ。この機会を逃さないためにも、命令だ……。」
「……あーっと、それは無理な相談かもなぁ…人質がもう持ちそうにない。単独で対峙する。追いつき次第、応援よろしく頼む……。」
「……おい!勝手に動くな!…おい、応答しろ!秋本!……。」
柿原が小型マイクに怒鳴りつけている時、もう秋本は動き始めていた。
「おい、山畑翔一。人質を解放し、いますぐ投降しろ。」
と、山畑に向かって、脅しをかけたが、逆に山畑を刺激してしまい、山畑は銃を手に持ち、構えた。
「…なんだよ…。俺はただ、認められたいだけなんだ!こんな社会に付き合っていられるようなお前らの方がおかしいだろう!投降?ふざけるなよ。俺はこれまで頑張ったんだ。なんで俺は報われないんだ!」
怒り狂った山畑は、そう言い放ち、一発壁に向かって、撃ち放った。バキュンと言う、古臭い、実弾特有の音がした。山畑はどうやら、お遊び犯罪のつもりが、犯罪中に気が狂ってしまったようだった。
「そっちがその気なら、こっちも本気出さなきゃなぁ…。」
秋本はレーザーガンが有利な対面だったが、レーザーソードを右手で持ち、電源を入れた。そして、次の瞬間に彼は駆けた。
「来るなぁぁぁぁー!!」
山畑は、そう叫びながら銃を乱射する。しかし、その手は震えていて、秋本には一発も届かない。山畑は次の弾を打とうとした。しかし、もう弾切れだ。二回ほど引き金を引き、それを確認すると、軽く舌打ちをして銃を投げた。
「もう、終わりか…。」
ずいぶんと距離があった二人の間合いは、もうゼロ距離になっていた。秋本は少し残念そうに、呟くと、レーザーソードを振りかざす。
―その時だった。
「止まれっ!秋本!」
トドメをさそうとする秋本の背後から柿原の焦った声がした。そして、柿原は走って秋本を止めた。
「なんで止めるんだ。どうせこの虚ろな剣ではこいつを殺せはしない。」
いつもと違う冷たい声音で秋本は柿原を睨んだ。柿原は、それに睨み返すことも無く、ただ焦りながらこう告げる。
「そいつ…山畑翔一を傷つけてはいけない。上からそう言われた。だからお前を止めた。すまない。」
上からの訳の分からない命令に従うしかない自分が虚しくなり、柿原はトーンを落とした。
「…くそっ!…分かった。と言いたいとこだがな、今のであいつは更に上に逃げたんだ…。それは…本当に上の命令なのか?」
「あぁ、三家本警視長からの特令だ。ここであいつを傷つけたら、厄介なこと…。いや、本音を言うと俺がクビになる。」
「三家本…。三家本と言ったか?」
本当に申し訳なさそうな顔をして、謝る柿原の言葉の中に秋本が放っておけないワードがあった。
「そうだ。だが、お前は会ったことがないだろう。だから言っておいてやろう。あの人は、素性の分からない人だ。くれぐれも気に触れないように気をつけろ。」
「やっぱり、三家本義和か。そんな所にいたのか、あいつは。じゃあ、あんたと俺のこの会話も全部聞かれてるだろうなぁ。なぁ?三家本。」
古くから知っているその名前を秋本は柿原に向けて言った。柿原は、それに驚いたが、数秒後もっと肝を冷やした。
「流石…としか言いようがないですね…。やはり、あなたは変わっていない。お久しぶりです。秋本さん。いや、実に四十年ぶりですね。秋本先輩。」
昔の刑事の勘ってやつよ みりん @mirin0203
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