昔の刑事の勘ってやつよ

みりん

第1話 最近の事件ってのはさぁ…

西暦なんてものが完全に無くなった世界。神などは信じるに値しないものと科学が証明し、そして、全人類に平等な幸福と程よい不幸が保証され、人権が完全に保証されたこの世界。その実現は案外早いものだった。

米国が一度、三ヶ月間だけ、国民の収入の平等化を図ったことがあった。すると、どうなっただろうか。一ヶ月目。暴動が起こった。その暴動は凄まじいものだったが、政府はそれでも政策を推し進めた。国民の二割を亡くして終わった暴動は、政府にノートに綴った誤字を消しやすい消しゴムで消したように消し去られた。しかし、二ヶ月、そして、三ヶ月がたった時、米国に差別は無くなったのだった。国民は全てが平等な素晴らしく、そして、どうしようもなくつまらない世界に慣れてしまったのだった。

その事例を各国が真似をし始めた。マスコミは次々に各地で起こるデマやテロを取り上げ、そしてまた暴動が起こる。そうやって一度壊れた世界だったが、直ぐに平穏が訪れた。米国の国民に続いて、世界中の全人類がこの素晴らしく、クソが付くほどしょうもない世界に慣れていった。

そこからの、文明の発展は早く、万年、夢だと言われ続けたタイムマシンなんかもその世界が出来上がってから十年後に完成した。しかし、タイムマシンや、その他の社会を破壊されかねない機械などはすぐに廃止された……。

「あのぉー、上官殿?こんなクソみたいな歴史文献読まされてるこっちの気持ちになったことあります?」

だるそうに、面倒くさそうに、そして、生意気に彼は言った。その彼に言い聞かせるように上官である柿原康介は言った。

「あのなぁ…。いくら二十年前のタイムマシン政策で連れてこられて、特別扱いされてきたお前でも、こんくらいの苦悩は乗り越えなければならないんだ。」

「特別扱いって…のことかい?」

「だったらなんなんだ?」

「あんた…おかしいんじゃねぇの?」

柿原は眉間に皺を寄せた。ほんの少し、現代史のお勉強をさせてあげただけで、おかしい奴呼ばわり。柿原はいつもは寛容だが、彼…秋本慶一の前では、いらいらを隠せない様子だった。

「一体…何がおかしいってんだよ!」

「だから…その態度がだよ。俺は過去、まだ西暦があって、まだスマホの時代で、まだ今より犯罪が多かった時代から無理やり拉致られて、首に薬打たれて、人間凍結保存機に入れられ…。ついには、みんな当たり前のように俺のことを下に見る。ふざけんじゃ……。」

秋本が怒鳴りかける所だったその時。館内には人々を焦らせるようなサイレンが鳴り響いた。

「日本圏内、第三十地区で事件発生。刑事班、第三班、出動せよ。繰り返す、日本圏内、第………。」

アナウンスは機械音声で、まるで焦りが感じられない。だが、何故か聞いているこちらには焦りが伝わってくるような声で出動を要請した。

「すまんな、老いぼれの話はあとでじっくりと聞いてやる。ただ、事件…いや、仕事だ。」

さっきまでの空気感を一瞬で消し去るように、柿原は言った。そして、一呼吸置くと、事件の内容を話し始めた。

「第三十区…東京で事件。監視ドローンによると、犯人は二十代女性を人質にして、大型銀行をジャック。この場合は、世界法典第四十八条の対処が………。」

「あぁー、こまけぇことはいいんだよ。上官殿。とりあえず、殺さずに逮捕だろ?」

柿原の話を強引に遮って秋本は言った。それにも苛立ちを感じた柿原だったが、直ぐに切り替え、事件と向き合った。

「たく…強盗目的じゃなくて、ただのお遊び犯罪かよ…。これだから今の事件は嫌いなんだよ。」

「老いぼれが何言おうと構わない。いつも言ってる刑事の勘ってやつを見せて貰おうか。」

秋本の嫌味を、今度は柿原が強引に遮った。そして、柿原は手袋を、秋本はコートを身につけて、事件現場へと急行した。

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