第10話

「王太子殿下とメイヤー公爵にまでは、捜査の手は及びませんでした」

「家臣の一人も逮捕されなかったのか」

「残念ながら、王家の憲兵隊も、後々の事が不安なのでしょう」

「そうだな。

 陛下が崩御なされるような事があれば、王太子殿下が戴冠なされるのだからな」


 サライダ公爵は、城代のロディ・スミスの報告を聞いていた。

 王家の宰相府次官に、憲兵隊を使ってメイヤー公爵家へ捜査の手を入れるように強硬に申し込んだが、憲兵隊は明らかに捜査に手心を加えていた。

 そればかりが、出動時間を遅らせて、犯罪者ギルドがメイヤー公爵家に皆殺しにされるまで待った。


 結局のところ、犯罪者ギルド全員に逃げられると言う、恥さらしの結果にはなったが、王太子とメイヤー公爵が黒幕だと言う証明は出来なくなった。

 王国に住む誰もが、王族から奴隷に至るまで、王太子殿下とメイヤー公爵閣下がやったのだろうと思っていたが、口に出す事が憚られた。


 だが、誰もが心の奥底で恐怖していた。

 どうしようもない不安に圧し潰されそうになっていた。

 地下用水路に毒を流すと言う、狂人としか思えないような蛮行をさせる、王太子殿下とメイヤー公爵閣下が完全に権力を持てば、この国がどうなるか分からないという不安だった。


「閣下はどうなさりたいですか」

「余か。

 余は妻とカチュアと穏やかに暮らしたい。

 だが、家臣領民を見捨てる訳にはいかん。

 家臣領民を、王太子殿下やメイヤー公爵の領地の民のようには出来ん」


 サライダ公爵は、争いごとが嫌いだった。

 人を傷つけるのも嫌だったし、自分や家族が傷つけられるのも嫌だった。

 だが、サライダ公爵家当主となるべく施された教育が、家臣領民を見捨てて逃げ出すことを許さなかった。


「王太子殿下とメイヤー公爵を除き、閣下が王位を継がれる気はあられますか」

「ない。

 歴史に簒奪者として汚名を残す気はない」

「他の王子を奉じて、王位に御付するのも嫌ですか」

「それは……」


 常在戦場の城代は、もう戦うしかないと思っていた。

 自分を含め、サライダ公爵家の家臣達を犬死させる気はなかった。

 だが同時に、最大限主君の御心に沿いたいとも思っていた。

 それ故、聞かなければいけないことがあった。


「やらねばならないか」

「領民を見捨てると申されるのでしたら、家臣団が閣下と公妃様と御嬢様を御守りして、東西どちらかに御逃がす事も可能でございます。

 しかしながら、民まで連れて逃げるのは不可能でございます。

 民を助けよと仰られるのでしたら、兵を挙げて頂くしかございません」

「……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る