第9話

「精霊様、民の悪行を御許しください。

 精霊様、私の無力を御許しください。

 精霊様、毒を御清めください。

 精霊様、どうか水を御恵みください」


 祈りの場から逃げ出したカチュアだったが、館の井戸の前で跪いて祈りを再開していた。

 襲撃犯の悪行を詫び、自分の無力を詫びた。

 その上で、自分達を見捨てないでと祈った。

 精霊の加護なしでは、人間はこの地で生きていくことなど出来ないのだから。


(大丈夫。

 今迄と一緒だよ。

 カチュアの事大好き。

 カチュアを護るよ)

 

 不意に、先程の存在から想いが届いた。

 最初驚いたカチュアだが、直ぐに心が通じあった。

 精霊と交信出来るようになったのだ。

 不幸な事があったが、その御陰で力が強まった。


 その御陰なのか、それとも精霊の腹いせなのか、異変が起こった。

 サライダ公爵領に、勢いよく水が湧き出したのだ。

 基礎を積み上げて高くしていた、サライダ公爵館の井戸から、滾々と水が湧いたのだ。

 こんな事は、王国の歴史始まって以来の事だった。


「御嬢様。

 御嬢様こそ、本当の水乙女様でございます」

「ありがとう、ロディ。

 でもそんな噂話は広めないで」


「何故でございますか。

 御嬢様が本当の水乙女様である事が広まれば、王太子殿下も迂闊に手が出せなくなります」

「本当にそうかしら。

 あの殿下が、素直に手を引くかしら」


「左様ですな。

 確かにあの殿下なら、逆上して私兵を動かすかもしれませんな」

「ロディ。

 民を戦乱に巻き込むのは本意ではないの」


「なるほど。

 そう言う事でございましたら、最良のタイミングを計る事に致しましょう」

「そうしてくれる。

 水乙女の噂を流す時期は、ロディに任せるわ」


「承りました。

 臣が謀って噂を流すような事は致しませんが、民が自発的に噂を広めることを、無理に抑える事は不可能でございます」

「そうね、それは難しいわね」


「人の口に戸はたてられません。

 勝手に広まった噂の所為で、王太子殿下が逆上する可能性もございます」

「その時の手立てはあるかしら」

「御任せ下さい」


「私はこれからも精霊様に祈りを捧げたいの。

 今迄のように、オアシスに行って祈りたいの。

 出来る事なら、城外でも祈りたいの」

「オアシスに行くのだけは御止めください」


「城外はいいの?」

「ただ時期は臣に決めさせてください」

「何故なの?」

「御嬢様が城外で祈りを捧げられ、その場で水が湧くような事あれば、水乙女の噂が広まってしまいます」


「そう。

 そうね。

 噂が広まってしまうのは不味いわね」

「はい。

 時機を見て、万全の警備を整えて、我がサライダ公爵領の城外農園で、祈りを捧げていただきます」

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