VOL.4

 二等書記官氏は、わざとらしく困った表情をして、


『仕方がないでしょう。幾ら貸し切りにしてるからって、我々の方であんまり物々しい警備をつけるわけにもゆきません。何しろここは日本ですからな』


 それから彼は俺の方を見て、

『じゃ、ミスター・イヌイ、後はよろしくお願いします』


 大声でわざとらしく宣言して敬礼の真似をしてから、俺の耳に口を寄せ、

(ご心配なく、下には少数ですが)そう言い添えて部屋を出て行った。


 しばらくの間、室内に沈黙が流れる。


 俺はまたシナモンスティックを取り出して口に咥えた。


『ちっ』


 彼女の舌打ちがこっちの耳にはっきり聞こえる。


『・・・・武器は持っているのだろうな?』


 俺はジャケットを捲り、愛用のS&WM1917を抜き、それから腰に手を回して特殊警棒を振り出した。


『たった、たったそれだけか?』


 呆れたようにいい、また舌打ちを繰り返す。


 俺は何も答えずに、武器を元の通りにしまう。


『ここは日本だ。』

 ぶっきらぼうな俺の答えに、彼女はさも苛立たしげに顔をそむけた。


 そして、冒頭の顛末てんまつになったという訳さ。




 俺は腕時計をちらりと見る。

 カーテンは閉めてあるが、外からは月明かりが漏れている。


 腕時計をちらりと見た。


 まだ午後10時、一向に進まない。


(熱いトタンの上に居る時の1分は1時間にも感じられるが、美人といる時の1時間は1分にしか感じられない。それが相対性ということだ)


 ある天才物理学者がのたまった言葉、あれはウソじゃないんだな。

 

 壁にもたれ、カーテン越しに窓から漏れる月明かりを眺めながら、ぼんやりとそんな他愛もないことを考えていた。


 俺の周囲には二等書記官氏が置いて行ってくれたバッグの中身・・・・何のことはない。米軍で使っているCレーション、つまりは野戦口糧だ・・・・の空き缶と、飲み切ったペットボトル、それから電話の子機が転がっている。



 壁にもたれ、時折彼女に声をかけてみるが、向こうからは全く返事がない。


 でも、何をやっているかは大方見当がつく。


 彼女だって、どうせ眠っちゃいまい。


 痩せても枯れても軍人だからな。


 俺はまたシナモンスティックをくわえようとして元に戻した。


 楽しみは先に取っておくほうがいいからな。


 室内は暖房が効いている筈なのに、何故か嘘寒い。


 俺は足にかけた毛布をずり上げる。


(空挺レンジャーの訓練より遥かにましか・・・・)


 また、妙なことが頭に浮かんだ。


 再度腕時計を見る。


 やっと時刻が午後11時30分を回った。


 軍隊用語的にいえば、

』とでもいうべきか。


 生欠伸が出そうになった。


 辛うじてこらえる。


 意識がどこかに行きかけた。


 ふいに、足元で電話がなった。


 反射的に右手を脇に突っ込み、左手で子機を拾い上げる。


着信ボタンを押すと、苦しそうな男の声が受話器の向こうからこぼれた。


『ス・スミマセン・・・・・ヤ、ヤラレ・・・・・』


 何かを殴る音が聞こえ、男の声が途切れた。


 俺は銃を抜き、ベッドルームのドアに手を掛け、ノブを回す。


 俺を出迎えたのは、月明かりに鈍く黒光りするトカレフの銃口だった。


『さっきの言葉を忘れたのか?無断で開けるとただではおかぬと・・・・』


”大佐”は軍服のまま、仁王立ちで拳銃を構えていたというわけである。


思った通りだ。


だが、俺はそんなものに動じてる暇はない。


『怒るのはあとだ。それより、お客さんの到来だぜ』


『何?』


『下の連中がやられた。おっつけここにもくる』


 思った通りだった。


 五分後、廊下を荒々しく歩く音が聞こえ、ドアのノブに手をかける。


 俺は寝室を出ると、拳銃を抜き、顔の前で銃口を立てて構えた。


 

 

 


 


 


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