VOL.3

 しかし何でこんな東京から離れた伊豆の山の中のホテルにしたんだ?


 二等書記官氏に聞いてみたが、答えは至極単純なものだった。


『ここには専用のヘリポートもあるし、あまり人も来ないから、騒ぎになった時に迷惑をかけずに済むでしょ?』


 なるほど、もっともだ。


 ホテルは伊豆の天城山近くの森の中に、まるで忘れられたようにたたずんでいる。


外観はどこにでもある、ありふれたリゾートホテルにすぎない。


 しかしここは有名な作家、映画監督、俳優等が人目を避けてゆっくりと時を過ごしたいと思うには、格好の場所であるといえるだろう。


 ホテルの玄関前の車寄せに横付けになると、後ろに張り付いていたもう一台のセダンから、黒づくめの五人の男が下りてくる。


 ホテルの中からは、ボーイと、スーツ姿の男女が現れ、深々と礼をして、彼女を丁重に迎えた。


 俺とてもボディーガードを仰せつかっている身の上だ。先に降車すると、彼女を先導するようにカーペットの上を歩く。


 玄関の両側には完全に彼女を見えないように、全員で人間の壁を作っていた。


 ボーイがリムジンからスーツケースを下ろし、後に続く。


 彼女・・・・オリガ大佐は背筋を張り、俺の後を表情を少しも変えずに歩いてくる。


 ホテルの中は、がらんとしていて、他の宿泊客の姿は全く見えない。


 確かに今はまだ11月半ばだ。


 年末と言うにはまだ早すぎる。


 しかしこんな隠れ家的ホテルだ。少しくらいの客はあっていいと思う。


 そのからくりについては、例の二等書記官氏が教えてくれた。


『造作もないことです。二日ほどホテルを借り切ったんですよ』


 なるほど、そういうことか。


 他の泊り客を遮断してしまえば、彼女を守りやすくなる。


 周囲から狙おうといったって、20階建てのこのホテルより高い建物は1キロ四方にはどこにもない。


 彼女が入るのはその最上階、ロイヤルスイートと呼ばれる部屋だ。


 最上階にはそこしか部屋がないと来ている。


 窓は道路側に面した一方にしかない。


 彼女をエレベーターに乗せる時、頭を少し動かして、玄関の向こう側を見た。


 道路の反対車線には、俺達の車をつけてきたあのくすんだブルーのワゴン車が停まっているのが一瞬、目の端に移った。


 当り前だが、エレベーターは最上階までノンストップだ。


『仰々しいものだな』


 ドアが閉まると、彼女は腕を組み、壁にもたれ、皮肉交じりに唇の端でわらった。


『そこらじゅう血まみれになられるよりはましだろ?ホテルにも迷惑だし、米国の納税者だってたまったもんじゃない』


 目をつりあげ、そう言った俺の方をにらむ。


 最上階に着くと、ドアが開き、そのまままっすぐに廊下が続いている。


 片側の壁には数枚の静物画が掛けられてあるだけで、部屋はない。


 廊下のとっつきに、質素だが重みのある飾りのついた、重々しいドアがある。


『では、私どもはここまでで・・・・』


 同行してきた要員たちは、俺と大佐、そして二等書記官氏を残して去っていった。


 何しろ事は秘密を要する。


(警備は必要最小限に)というのが、米国政府の方針だという。


 俺は彼女と二人きりで室内に入った。


 スーツケースを二つ運んできた客室係も、ここでおさらばだ。


 中に入ると、俺は唖然とした。


 そりゃそうだろう。


 何しろロイヤル・スイートだ。


 俺のネグラなんか比べ物にならない。


 二等書記官氏と俺は二人で手分けして室内を点検して回る。


 ベランダがある側は、全てガラスになっているが、何でもここも強化ガラスに返させたのだそうだ。


 大きなダブルベッドがある寝室、豪華な調度品のあるリビング、バスルーム兼トイレが二つ・・・・何でも一泊10万円だそうだ。


 幸いどこにも盗聴器などが仕掛けられている形跡は見られない。


”大佐”は腕を組み、俺達の様子を何も言わずにじっと眺めていた。


『大丈夫です。何もありません』


 書記官氏がそう言いかけると、彼女は『ふん』と鼻を鳴らし、今度は自分で、さながら時代劇に出てくる意地悪な姑がそうするように、チェックして回った。


『よかろう』


 彼女はまた腕を組み、俺達に向かっていった。


『では、私はこれで、ミスター・イヌイ、後は頼みますよ。貴方の食事と水はここにありますんで』彼は持参していたバッグを俺に手渡すと、

”大佐”に向かって礼をし、部屋を出て行きかけた。


『おい、待て、すると出発するまでの間、私はこの男と二人きりになるのか?』

 

 大佐が書記官氏を睨みつけ、俺を指差して詰め寄った。




 

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