VOL.2

 その日の夕方、俺は件の二等書記官氏の運転で横田基地に向かい、

”彼女”と初対面した。


 彼女の名前は・・・・言うのはまずいな。


 一応、オリガ・ワシンスキーとしとこう。

 階級は某国陸軍の大佐にして副参謀総長。


 年齢は・・・・これもまあ秘密(武士の情というやつだ)、まあ50歳を超えてはいまい。


 尖った顎と鼻と透き通るような白い肌。ブロンドに幾分栗毛の混じった髪を、首の後ろでまとめている。

 目は両端が鋭く切れていて、おまけに釣り上がっている。そして青と言うか、碧に近い瞳は、その意志の強さを表すように、まっすぐ前を見つめていた。


 背は俺と同じくらいか、心持ち低いといったところだろうか。


 決して痩せてはいない。

 

 かといって、その年代のロシア系(後で確かめたところ、ロシアの血は半分以下しか入っていないそうだ)の女性にしては、ボリュウムがあるほうでもないが、女性らしい体系をしていることだけは確かだ。


 その身体を薄茶色の軍服に、皮のコートで極めている。正に骨の髄まで『軍人』にしか見えない。


 輸送機のパイロットの敬礼に応え、タラップを降りると、待ち構えていた二等書記官氏とは握手を交わす。


 彼が後ろに立っていた俺の事を、


『今日から出発まで、こちらの私立探偵、ミスター・イヌイが貴方の警護をします』


 と紹介する。


 そう聞いても彼女は少しも表情を変えなかった。いや、それどころか彼女の眼差しに、明らかに俺に対するあざけりの色が見え、


『ふん』


 と、鼻を鳴らす音が、確かに俺の耳に届いた。


 そのまま、米国大使館差し回しのリムジンに乗り込む。


 運転席には専属のドライバー。


 助手席には二等書記官氏。


 そして後部座席には俺と彼女が並んで座った。


 何でも二等書記官氏の説明によると、このリムジンは、本国からVIPが来日した際に移動に使わるものの内の一台で、大統領専用車と同じく、あらゆる防護措置が施されており、すべてのウィンドゥは、厚さ30ミリの防弾ガラス。ドアやボディは特殊合金製、自動小銃で至近距離から一斉射撃を受けてもびくともせず、また下回りも強化してあり、真下で地雷や爆弾が破裂しても耐えられ、タイヤだって、仮に四本がバーストしても約10キロは平気で走行出来るそうだ。


 シートは柔らかすぎも硬すぎもせず、ちょうどいいクッションの具合である。


 先に彼女を乗せ、俺は左隣、車が動き出してからも、彼女は一言も口を聞かなかった。

 

 俺はポケットからシガレットケースを出す。


めてもらおう』

彼女の口から訛りのきつい英語が、吐き捨てるように飛び出した。


『・・・・・』


『私は煙草の煙が嫌いなのだ。』


 俺は構わず、茶色く細いやつを取り出して口に咥えた。


『貴様、私の言葉が聞こえなかったのか?!』


 少しばかり端を噛むと、ビタースイートの香りが車内に広がる。


『シナモンスティックだよ。気分を落ち着かせるのにはこれがいいんだ。』


『くっ』


 憮然とした表情で彼女はそっぽを向き、さも軽蔑したように呟く。


『日本の探偵とやらは礼儀がなっておらんな。私は護衛対象者だぞ?』


『俺は米国アメさんに金で雇われたんであって、あんたの部下になったんじゃないからな』


『口の減らん男だ』


 また不機嫌そうに黙り込んだ。


 結局、車内では東京を出て、伊豆の山中にあるその『隠れ家的高級ホテル』に到着するまで、沈黙が支配し続けた。


 彼女は腕を組み、まっすぐ前を見つめて微動だにしない。


 俺は俺で、そっぽを向くふりをしながら、さり気なくリアウィンドから背後を見ていた。


 俺たちのリムジンの後ろには、黒い外交官ナンバーを付けたリムジンがもう一台、適当な距離を保ちながら付いてくる。


 恐らくこれも護衛だろう。


 だが、俺が気になったのはそれではない。その後ろにもう一台、見え隠れしながら一台のくすんだブルーのワゴン車が付いてくる。


 その時点で、俺は何となく見当はついていた。


 奴らは何もするつもりもなく、静かに、静かに後をつけている。

 


 


 

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