危険な二人

冷門 風之助 

VOL.1


『良いか?!今から一歩でもこの部屋に踏み込んできたら、ただでは済まさんぞ!』


 彼女は腕を腰にあて、眉根を吊り上げて俺を睨みつけ、命令するような口調で言った。


『当たり前だ。俺だってそのくらいのマナーはわきまえている』

 俺の素っ気ない言葉に彼女は憤然とし、叩きつけるように、寝室のドアを閉めた。

(やれやれ・・・・)


 俺は毛布一枚を膝までかけ、ドアにもたれてため息をつく。


 ここは伊豆の山中にある、隠れ家的なホテル。そこの最上階、

『ロイヤルスイート』という部屋だ。


なんだって?


(しがない私立探偵にしちゃ、豪勢なもんだな。さては何か悪い事でもやらかしたか)


 馬鹿いえ、そんなんじゃない。


 これも仕事、銭のためさ。




 今から3日ほど前のことだ。

 

 在日米国大使館の二等書記官氏が、直々に俺の事務所オフィスにやってきた。


 日系四世の彼は昔東京大学に留学していたとかで、流ちょうな日本語を操り、しかもエリート外交官にありがちなお堅いところがなく、

俺がれたコーヒーを飲みながら『本当なら酒でも欲しいところですが、真昼間ですからな』なんて言ってのける、愛想がよく、腰の低い男だった。


『ミズ・マリー・イガラシを知ってますね?彼女の紹介なんです。』


 又しても”彼女”か・・・・そういえばこの間逢った時、


(近々、珍客があるわよ。驚かないでね)と、思わせぶりに話していたが、それがこのことだったのか。


 苦笑しながら俺がシナモンスティックを取り出して咥えた時、


『それ美味しそうですね。僕にも一本くれませんか?』


 とくる。


『・・・・・』

 


 珍しいな。これを自分から欲しがった奴は初めてだ。

『あ、すみませんな。』愛想よく笑って俺の差し出したシガレットケースから一本取り上げて嬉しそうに口に咥えた。


『で、ご依頼の件は何です?まずそこからうかがいましょう。切れ者・・・・いや、ミズ・マリーから聞いておられるかもしれませんが、日本の私立探偵には引き受けられない依頼があります。それは法的なものともう一つ、乾宗十郎いぬいそうじゅうろう個人の信条としてのものです。詳しくはこの契約書を・・・・日本語は読めますか?』

『ご心配なく。これでも漢字検定と日本語検定はどちらも二級ですから』

 

彼はシナモンスティックを口の端にくわえたまま、返事をし、軽く目を通しただけで、サインをして返した。


 俺はサインを確認した後、

『ギャラは一日につき6万円、他に必要経費。更に拳銃が必要だというなら、先にそうおっしゃってください。割増し料金として一日4万円の危険手当を上乗せします』と答えた。


『結構』彼はシナモンスティックをかじり尽くすと、


『すいませんがもう一本』と、俺が承諾するより先に、勝手にシガレットケースから拝借して咥えた。


『依頼の筋は、簡単に申し上げますと、ある人物の護衛です』


『護衛?』


『そう、つまりはボディーガードですな』


『詳しくお話を聞かせて下さいますね?』


 彼は音を立ててさも美味そうにシナモンスティックを味わいながら、話し始めた。

 中央アジアに、ロシア連邦と国境を接した小さな独立共和国(名前はとりあえず伏せておく。これも職業倫理ってやつだ)がある。


 ソヴィエトが解体して以降も、強圧的な権力を持つ大統領によって、四十年以上も独裁政権が続いた。


 何度か政権を打倒しようという試みはなされたのだが、ことごとく失敗に終わった。


 現在は初代の独裁者が亡くなり、息子が後を引き継いだ形になっているのだが、強権的な政権は相変わらずだ。


 もう、国民はいい加減我慢の限界に達している。


 そんな時一人の高級軍人が、秘密の外交チャンネルを通じて、米国への亡命の意思を明かした。


 その人物は国内で力を持っている軍指導者の中でも、事実上ナンバー2の地位を占めている。


 米国としても亡命を受け入れれば、それでなくても鎖国状態の国内情勢を知り得る絶好のチャンスだ。


 おまけにその国は豊富なウラン鉱脈を持っている。

 核兵器の製造に行き詰まっている米国としては、一旦亡命させた上で、国内の反乱分子と密に連絡をとってクーデターを成功させ、親米政権を樹立させれば、ウラン鉱脈の利権の分け前に預かることも可能となるわけだ。


 軍人氏は現在、ドイツのベルリンにある米国大使館に逃げ込んでいる。


 そこから日本を経由して、米国に入国させる腹らしい。

(日本は表向き政治亡命することもさせることも認めていないから、経由地としては持ってこいという訳である)

 しかしながら、当の独裁政権のみならず、ロシアの情報機関も既に嗅ぎ付けており、何とか亡命を阻止しようと企んでいる。

 ロシア人だって自分達の鼻っ先に親米政権なんぞ作らせたくはないだろうからな。


 日本政府はこの件に関しては見て見ぬふりを決め込むつもりだから、警察を動かすつもりは端からない。


 米国にしても、情報部員やら在日米軍の特殊部隊を乗り込ませるのは、日本の主権を侵すことになりかねないから、表立って物々しい警備をするという訳にもゆかない。


 そこで、日本政府とも、米国政府とも無関係な民間人であるところの私立探偵、つまり俺が軍人氏の日本入国から離日するまでの2日間、ボディーガードを頼みたいというわけだ。


『民間人で良ければ、何も探偵に依頼する必要はないでしょう?警備会社を頼むって手もあるし』


『日本の警備会社は銃を持てないんでしょ?民間人で公式に銃を持てるのは私立探偵だけだって聞いてますが?』そう言って彼はまた鼠が壁をかじるような音を立てた。


『・・・・分かりました・・・・で、その彼・・・・高級軍人氏は今どこに』


『もうじき輸送機で横田基地に着く筈です。ああ、それから断っておきますが、その軍人は”彼”じゃありません。”彼女”です』









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