第2章 生贄の乙女(2)
「おい、ちょっとまて! これはどういうことだよ」
広くなった道のど真ん中、見上げる高さの崖の上と目の前とにいるそいつらは、身震いするほど凄い形相で俺達を睨んでいた。青い月明かりのせいか、本来は白銀だという体が青く白んで見える。
「なんだよ……どうみても初級キャラって感じじゃねぇぞ、こいつら」
狼に似たその生き物たちは、気づいたときには俺たちの間近に迫っていた。狼と違うのはその体を包む毛の色と、瞳が燃える深紅ってとこだけ!!
音もなく近づいてきていたこいつらに、襲い掛かられる前に透が気づいてくれて本当に良かったぜ。
「マジでどうなってんだよ、こんな旅立ち聞いてないし、透!」
心の声がダダ漏れだが気にする余裕もない。だって仕方がないじゃん。俺が知ってる獰猛な肉食獣っていったら、ライオンとかトラくらいだぜ。おまけにそいつらはいつ見にいってもぐーたら寝っ転がってる図体のでかいただのネコって認識だし。そういうのを檻の外からなんの危機感もなく見てるのが通常運転だったんだ。それがいきなり柵なし檻なしの牙むき出しで命の危機ですとか勘弁して。
「僕に言われても~」
「銀狼族?! これは、一体……なぜこの山に」
透の声になぜか笑いが含まれてるような気がするんだが、もう気にする余裕がなかった。
「ガルルル……グワァッ」
俺の真ん前にいたやつが、なだらかな坂の上からおもむろに口を大きく開けると、そのまま突然走ってきた。それを合図に周りの奴らも襲ってきた。
やめて! ヨダレ! 垂れてますよ!
崖の上のやつらも次々と俺達めがけて飛び込んでくる。
銀の狼が振る世界って聞いてたら、俺はこんなとこに絶対に来なかったのに!
「透、なんとかしろっ」
その瞬間、ぎゃんっという鳴き声と何かがぶつかる音があちこちで聞こえた。降ってきた銀の狼たちが、いつの間にか俺たちを包んでいた緑の光に弾かれていた。
「ぎりぎりセーフ」
振り返ると、手のひらを空に向けた透が、へへっと笑った。これはもしかしてバリアみたいなやつか? 俺は心底ほっとした。
「い、いい技持ってるじゃん。じゃあ、このまま山を下りよう」
俺は使えもしないのに抜きかけていた剣から手を離した。持つべきものは使ったこともない剣じゃなくて、隣の家の超能力少年だぜ。
「凄い……これ、どうなっているんですか」
ジェイが目を見開いたまま緑の光をぐるりと見回し、呟く。
周りを取り囲んでいた銀の狼の群れは、勢いよく飛びかかって盛大に弾かれたダメージで、ほぼすべての個体が地面に転がったり、あちこちでよたよたしていた。痺れているのか何なのか、この緑の光にはもしかしなくてもそういう作用があるらしい。
「ん~……褒められるのは嬉しいんだけどねー。これ山降りるまでは保てないかなぁ」
俺の提案に、透は軽く首をひねりながら答えた。
「僕さぁ、お腹空いた」
自分の体にも緑の光を纏わせ、小さな額に玉のような汗を浮かべ、その玉のような汗までもキラキラ光らせていた透は、自分を眺める俺に、前を向けと合図を送った。
「……というか、あれがこれではちょっと無理っぽいんだよね」
あれ?
緑に輝く球の中、降り注ぐ青い光、振り返るとそこには、十頭ばかしの青い狼がよろめきながら移動する場面。調教師でもいるかの如く、両端に移動していく。ちょうど真ん中が開けられている。まるで誰かが来るように。
ザシュ、ザシュ、ザシュ。
考える時間なんて必要ない。そいつはすぐに現れた。重い足音、今は両端にいる銀の狼と同じ外見。だが、違う。遠近感が変? 俺の目はおかしくなったのか?
「まさか、あれは」
言ってジェイは絶句した。
「この辺りの狼にはよく食べるのがいるんだね~」
透がそんな馬鹿なというセリフを言ったが、あながち間違ってない気もする。だってそいつは、さっきの銀の狼の三頭分、三、四メートルはありそうなデカさなんだから!
悠々と現れたそいつは一旦止まり、周囲の狼をチラリと見た。仲間の状態を確認しているようにも見える。
「なんであれだけあんなに大きさが違うんだ、デカすぎだろ」
「多分、あれは銀狼族の頂上……いや、いるだろうとは聞いてましたが、見た人はないので正確には言えなくて……ほぼ伝説の類で」
ドドドッ、ドドドッ、ジェイが驚きのあまり途切れ途切れで話していたが、それを地響きが遮る。そいつが俺達をめがけて突っ込んできた。みるみるうちにデカい狼が更にデカくなる。
バァン!! 透の作った緑の玉が揺れ、どこかで軋んだ音が聞こえた。
「ごめん、祥くん。次は無理かも」
後ろに透の声を聞きながら、俺は目の前のデカい狼から視線を外さなかった。そいつは体当たりした後、弾かれてふっとんだくせに、ぶるぶると身震いを数回するとすぐに態勢を立て直した。おいおい、こいつは先に弾かれた奴らのように痺れないのか?
ゆっくりとデカい図体を動かし後ろに下がる。こいつ、助走距離を取ろうとしてるのか?
俺は腰にぶら下げた剣の柄を握りしめた。どうする? 剣なんて使ったことないじゃないか。この状況、どうするんだよ、俺!!
掌が汗に塗れる。
「ジェイ、お前は倒せないのか」
割と本気で尋ねた。
「銀狼族の頂点ですよ? 私の腕では到底」
潔く即答するジェイ。おおい、無理やり連れてきたのはお前だろーが。なんでそうすべて丸投げするの。この状況、どうすんだよ……。
勉強でもこんなに考えたことのない俺が頭を使っている最中に、ジェイの言うところの頂点にいるデカい狼は、またもや突進してきた。
慌てて腰の剣を抜いて構えた。昔見た、映画の中の騎士を思い出しながら。
ダァン!!
辺りに明らかに一度目と違う音が響き、次いでミシミシッと何かが軋んだ。
「ご、ごめん、しょうく……あとは頼んだ、よ」
何で俺?! 頼まれても困るんですけどっ。
デカい狼は今度は弾かれずに緑の玉に乗る形で、よりにもよって俺の真上にいた。間近に見ると本当にデカい。狼の体は月明かりを遮って、俺をすっぽりと夜が包む。透が作った緑のバリアがミシミシと軋み、無数のヒビが縦横無尽に走っていく。
パアン!
薄いガラスが割れたときの甲高い破裂音が、唐突に辺りに響き渡った。砕け散った緑の玉は急速に光を失い、無数のきらめきは地面に降り注ぐ前に空間に溶けていく。
が、そんなものを見ている余裕はなかった。
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