第2章 生贄の乙女(1)


 「来ないね…」


 不覚にも俺がうとうとしていると、透が呟いた。


 「ええ…」


 青白い顔のジェイが頷き、すっと俺たち2人に向き直る。


 「センドランド婆様は心配ですが、様子を見に行くには今はあまりに危険なので…どうでしょう、このまま僕の村に」


 「ちょいまて」


 俺は話を遮った。


 「話せるようなら聞いておきたいことあるんだけど」


 このままなし崩し的に、意味もわからないことに流されるのはごめんだった。ジェイは俺をじっと見て頷いた。


 「僕で答えられることなら」


 「ああ。じゃあ聞くけど」


 ずっとずっと、知りたかったこと。


 「俺たちをここに来させた術を使ったのはあの婆さんで、その術をここで使えるのはあの婆さんともう一人しかいないって言ったよな? じゃあ、俺たちが例えば願いを叶えられたとして、その時あの婆さんがいなかったら俺たちはどうなるんだ」


 あの婆さんがどんなに凄い魔術士なのか知らない。だから、あの爆発で助かっているのかどうかの見当もつかない。もし、もしも。


 「言いづらいけど、もしあの爆発で婆さんに何かあってたとしたら、願いを叶えてやれても元の世界に戻れないってことに……」


 「ご心配には及びません」


 ちょっと疲れたような顔をしたジェイは答えた。


 「行きの扉にかけた願いが成就した暁には、帰りの扉が現れるとそう聞いています」


 「そ、うか」


 とりあえず、俺はほっとした。

 もしもあの騒ぎであの婆さんに何かあってたとしても、帰る手段はあるということだ。


 「じゃ、とりあえずはお前の姉さんだけを助ければいいんだな?」


 別れ際、婆さんが言った『魔王』なるひと言は聞かなかったことにする。これは透にも内緒にしておかなきゃ。話すと絶対俺は後悔する。うん。


 「え、ええ。私があの扉に願ったのは姉さんを助けることですから」


 お願いします、とジェイは続けた。


 「よし、じゃあ透」


 珍しく会話に入ってこなかった透は、俺が視線を移すとにっこりと笑った。


 「うん! お姉さん救出ミッション、頑張ろうね」


 RPG感覚かよ。俺は苦笑した。


 センドランド婆さんの残した指示はこう。

 この場所でセンドランドを待って合流するのがひとつめの指示。待つ時間は月が中点にかかるまで。次の指示はセンドランドが待っても来なかった場合、渡した武器で各々武装して山を下りそのままジェイの村へ行くこと。


 差し込む月明かりから、既に月は中点にかかっているだろうということで、これから山を下りることになった。でもさ、真夜中に山を下りるってめちゃくちゃ危険じゃないのか?


 「確かに安全ではないですが、この月明かりなら足元を照らすには十分ですし、何より山の魔物よりも追手に見つかることの方が危険です」


 ジェイが真剣な表情で語る。

 魔物という言葉がすっごく引っかかったが、それを訊ねる前にジェイはざっと今の状況を話し始めた。


 それによると、ジェイ達が『敵』と呼ぶのは正確には隣の国のことで、同盟を結んでいる同盟国でもあるんだと。だが同盟を結んでから徐々に地方を浸食してきていて、それに気づいたジェイの親父さんたち地方の領主は同盟を破棄するように王に進言しているらしい。


 しかしいまだ同盟は保たれたままであり、国境への友情という名の侵略行為はどんどん増えていっている、と。


 「あ、じゃあジェイさんたちは反乱軍?」


 透が無邪気に笑った。


 「はい、まだ形をとれるほどの規模ではないんですが」


 「ふーん。それでも敵はジェイさんたちの、この国の自分たちへの不穏な空気に気づいてきてるってとこかな」


 透の言葉にちょっとだけ目を見開いたジェイが、感心したように呟いた。


 「……さすが、緑の魔法使いさま」


 「あ、その『さま』は要らなーい。透ね、とおる」


 おいおい……せっかく平和な時代に生まれてるのに、戦争体験とかさせる気じゃないよな。いや、俺たちの課されたミッションはあくまでこの『ジェイの姉さんを救うこと』ただその一点だ。反乱軍とか魔王とか俺には関係ない!


 「では、トオルさん。そしてショウさん。ここからはよく聞いてほしいのですが、敵はこの世界をすべて手に入れるために伝説の勇者を探しているようなのです」


 センドランド婆さんから渡されていた剣を受け取ろうとして、俺はピタリと動きを止めた。


 「だからあの兵士たちは今日婆様を尋ねた。伝説の救世主をこちらに呼んでもらおうとしたのか、もしくは呼べる術をもつ婆様を捕らえようとしたのか、そのどちらかだと思います」


 「なるほど、隣の国は自分たちのことを言い伝えにある黒き民だと思ってるんだね」


 透がうんうんと頷いた。


 「そうですね……この世界を手に入れようとしているのは間違いないと思います」


 剣には鞘にベルトのような紐がついていて、ジェイは自分の腰からそれをほどいて渡した。


 「お前、それ3本も持っていたのか」


 重かったんじゃ、と思って言ったが、ジェイは軽く首を振った。


 「センドランド婆様からいただいたこの剣は二本とも見かけより軽いんですよ。どんな素材でできているのか分かりませんが」


 受け取ってみると、本当に軽かった。ま、剣なんて触るの初めてだから、重さがどのくらいとか知らないんだけどさ。


 俺はそれを自分のズボンのベルトループに通して、剣をぶら下げた。同じように透はもう一本の小さな剣を。


 「まあその追手が来るかもってのは分かったけど、さっきちらっと言った山の魔物ってのは?」


 マントまで羽織って、さて出発というところでジェイに聞いてみた。


 「魔物は色々いますが、そうですね、この辺りにはさほど強いのはいなかったかと」


 透がニヤリと笑った。


 「良かったね、祥くん。旅立ちの村辺りの魔物は弱いってRPGの基本だよね!」


 こいつ、未だにロープレと混同してやがる。先が思いやられるぜ……。溜息をつく俺の隣で、ジェイが「あーる?? ろ~ぷれ?」と首を捻っていた。


 「いや、なんでもない。じゃあ行くか」


 ひらひらと手をひらめかせ、ジェイに出発を促した。

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