第1章 洞窟の魔術師(3)
「そうじゃ。お前が連れてきたのは、古より伝わるあの、伝説の救世主どのたちに間違いない」
はい? なにそれ、やめてっ。この展開にその救世主ってやつ! 王道な展開すぎてくらくらするだろ。
漫画やアニメなら、今まさに効果音がばばーんと鳴ってるんじゃないのと思う場面っぷりに、俺は思わず座っていた木箱から落ちそうになった。
隣に座る透はと言えば、同じく丸っこい目を更にまぁるくさせていた。ほらな、いくら歩く非常識と呼ばれる(主に俺が言っている)この天才少年といえども、ここまであれだとそういうリアクションしかとれないよな!
俺は木箱に座り直しながらうんうんと頷いた。
「いやいや、寝言は寝て言うもんでしょーに」
俺がこの言葉を言おうとしたら、先に透が言葉を発した。
「なにそれ! めちゃめちゃ楽しそう!」
俺はとうとう木箱から落ちた。
「ちょっ、透! そうじゃない、楽しそうじゃないだろ、何言って」
「だって祥くん! これってRPGとかラノベの展開!!」
ダメだ、こいつ、めっちゃキラキラしてやがる……。
「僕、思ってたんだ。僕にこーいう力があるってことはさ、映画や物語みたいな出来事もきっと本当にあるんだって。やっぱりそうだった。これってもしかしなくても、論文にしなきゃいけないやつじゃない」
まさにはふはふと犬のように喋る透。可愛い小型犬がきゃんきゃん喜んでいます。えぇ、可愛いですよ……えぇ。こんな非常識なシチュエーションの真っ只中じゃなければねっ!
「おうおう、こういう力と。したらば伝説の救世主の魔法使いの方は小さい方のおぬしか」
透の捲し立てた言葉に反応して、婆さんが頷きながら言った。
「魔法使い! そっか、僕は魔法使いなんだ、うわぁ! それで! 他にもあるの」
「救世主は勇者と魔法使いの二人だと伝えられておる」
もう透は座っていた木箱をぴょんと飛び降り、皺がれた婆さんの隣ではしゃぎまくっていた。す、素早い……。
「勇者! ますますゲームみたいだね」
「げー? ……なんとも人懐っこい魔法使いどのじゃて」
透のはしゃぎっぷりに、婆さんも多少驚いたように見えたが、話の続きを聞きたい透が先をねだった。婆さんが、その求めに応じて話し始める。
「この地には古い言い伝えが残っておるのじゃ。」
ごほんと、咳払いをひとつ。
「黒き民にこの地が穢され、神の光が奪われる時、現れるは異なる地より帰し青の光を纏う者、傍らにあるは緑の魔法使い。彼の者たちは光の地にて安らかに眠る、輝かしき神のいとし子。呼びだしの声はこの地の叫び。昏き闇から呼び声に応じる哀しみの全てをその手で打ち消すであろう……と、まぁこれは要約じゃがの。この地ができたころよりあった伝説と聞いておる」
俺にはもう、ついていけない展開だった。
だけど俺は大事なところに気がついた。
「あのさぁ、めちゃくちゃ盛り上がっているところ言いにくいんだけどさ、その青や緑の光ってとこ、俺もこいつも見てわかると思うけど、光ってないぜ?」
そう! 俺たちは! 光っていないのだ!!
「だからやっぱり人違い」
俺は、いや~悪いね!という顔をした。
「あ、それね、力使うと光るみたい」
……はい?
透がニコニコ笑って、そして少しだけ力を使ってみせた。
床に転がるあの剣を、空中に浮かせてみせたのだ。浮き上がる剣ではなく、手を剣に伸ばした透をよく見ると、うっすらと身体に光の膜が。今まで数多く透が力を使うのを見てきたけど、なんだよこんなの、初めて見たぞ。
「おお、魔法使いどのの姿が緑色の光でぼやけて見える。やはり本物じゃ!」
「婆さま!」
婆さんとジェイが歓喜の声を上げる。
「いや! ちょっと待て。こいつはともかく、俺は力なんてなんにもないし、光らないし。何故言葉が分かるのかも」
もう木箱に座るのは諦めて、地面に座ったままの俺は、透が喜んでいるのを横目に婆さんに食って掛かった。これ以上、訳の分からない展開は勘弁して。
「なんじゃ、おぬし、まだ分からんのか」
小さな婆さんの口から、返ってきたのは大概に失礼なセリフ。婆さんは本当に呆れたような顔をして、ジェイは少し首を捻り、透はまだはしゃいでいた。
「呼び出しの声はこの地の叫び。つまりはジェイの使う言葉がこの地のものであるが故。敵の侵略に脅かされておるこの状況で、我らの言葉を叫びとして聞いたからこそ、苦しむほどの音に聞こえたのであろう。このようになるのは伝説の救世主以外に他ならん。言葉が理解できるようになったのも招きの扉が現れてからだというではないか。あちらとこちらが繋がって、帰し、つまりこの地に帰ってきた、ということで言葉が分かるようになったのじゃろう。そなたが光らないのがなぜかは分からんが……ふむ、おぬしら、もしかせずともこの地を以前から知っておったのではないか」
婆さんは、まるで自分にも言い聞かせるように頷いた。
帰ってきた。
誰が、どこに?
「俺はこんなとこ多分初見だっ」
外を見ていないから断言はできないけど!
両方の掌を握りしめて主張した、ちょうどその瞬間。
ガラン、ガラン、ガラン。
どこかで鈍い金属の音がした。
その音に、ジェイがハッとした顔で婆さんを見た。婆さんが軽く頷く。
「もう少し時間があると思っておったがの」
言いながら婆さんは壁際に行き、何やら布きれを抱えてきた。地面に置き去りの剣をジェイに拾わせ、その布きれは俺と透に押し付けた。
「なあに、これ……マント?」
広げればそれはテレビや映画で見たことのある、中世ヨーロッパ風のフードのついたマントのようだった。
「外は冷える。それに、その不思議な恰好では怪しまれるからの。被っていくのじゃ」
婆さんは言いながら、俺たちとジェイを壁際に追いやる。
「行くってどこへ」
「すまんの、もっと話してやりたいのじゃが、客が来るようでな。話はおいおいジェイに聞くとよかろう。伝説のことも、扉のことも説明はしておる。おお、そうじゃおぬしらの名前を聞いておらなんだ。わしはセンドランド。この辺りでは洞窟の魔術師と呼ばれておる」
突然の自己紹介に、透はきょろきょろしながらも答えた。
「ぼくは神崎透、透だよ」
暫しの沈黙。え、俺も言うの?
「名前くらい教えてもいいと思うけど」
「はいはい、俺は矢野祥。祥だ」
センドランドはにかっと歯茎を見せて破顔した。
「トオルと、ショウか。良い名じゃ」
婆さん、もといセンドランドは俺の横の壁を叩いた。ガコン、と音がして隣にいたジェイの前の壁に切れ目が入った。
「さあ、行くのじゃ」
ジェイが壁を押すと、ゆっくりと内側に開いていった。少し開いたところで、ジェイが振り返る。
「婆さまは」
「客が来ると言ったじゃろう。心配するな。適当にあしらったら合流する。気にせず言うたとおりにするのじゃぞ」
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