第1章 洞窟の魔術師(2)

 「我が世……婆様、私は姉さんをっ」


 婆さんの台詞に、焦った感じで絶世のイケメン、もといジェイは婆さんの足元に跪いた。


 「分かっておる。先に救ってもらえばよかろう」


 俺はイライラした。


 「だから! 何がどうなってんのか、分かるように説明しろっ! あのバカでかい扉は? 俺たちなんでこんなところにいるんだよっ」

 「おお、そうじゃった」


  悪いな、とニヤリと婆さんは笑った。


 「あまり気は長くないようじゃな。……まぁ、座れ」


 促されたのは炎の周りに置かれていた木箱。あまりの蔑ろぶりに俺は座る気もなかったんだが、透がまぁまぁと俺をなだめた。可愛い弟分が言うので、俺は仕方なく座ることにした。言っておくが、またぐるぐる回されるのが嫌だからじゃない。


 「お前たちが通ってきた扉はすでに消えておる。あれは魔法じゃからの。薄々感じているじゃろうが、ここはお前達がいたところとは、手っ取り早く言うと別の世界じゃて」


 俺はぶふっと吹いた。

 魔法だと?! 知らん、俺は知らんぞ、薄々気づいてなんていなかったぞ!


 「あ、大丈夫、祥くんはいいから。そのまま続けて」


 俺の代わりに透が先を促した。なんだよ、透ちゃんは知っていたの?! いや、そんなわけはない。昨今色んな技術があるからな、微に入り細に入り疑っても損にはならんっ。ましてここは、洞窟っぽいだけで本当に洞窟かも分からない、ほぼ何もないし外が見えるわけでもないのだっ。

 だから俺は言った。


 「透、お前そんな簡単に受け入れんなっ。世界が違うと言いながら、言葉は通じているじゃねぇか。変だろ? ほいほい聞いてると騙されるぞ!」


 割とひと息で言った俺に、透がはぁ?っと言わんばかりの顔を俺に向けた。


 「騙されるってなに? 言葉は確かにあれだけどさ、僕たち、あの大きな扉を通ったはずだよね。それはどこ? そしてあの公園に、こんな洞窟セット建てられるかなぁ? これが一番大事なとこだけど、単なるナイーブ受験生とちょっと博士号持ってるだけの僕らを騙して、この人達に何か得することがあると思う? あのね、こういう前振りは、すんなり受け入れた方が話が早く進むんだよ?」


 容赦のない畳みかける言い方。何だろう。なんだか説明にトゲがある気がしないでもないんですが、気のせいでしょうか。


 「とにかくだな、」


 その時、透はばっと俺の顔の前に手のひらを挙げると、俺の言葉を制止しやがった。そのまま婆さんに、話を先に進めてという合図をしたようだ。

 婆さんが、くくっと喉を鳴らして、ひとつ咳払いをした。


 「なかなか面白いの。では先に進む前に、まずは疑問を解決してやろうかの。お前たちの住む世界で出会ったその話をする小さな生き物は、なんというたか…」

 「コオロギ?」

 「おお、そうかコオロギというのか。それは小さく、目を引くものではなく、いても気にも止められない存在であろう?」


 確かに、この季節にはよくいるし、別に害虫でもないし、気にはならない。婆さんはにやりと笑った。


 「そのような存在になるようにわしがこのジェイに魔法をかけたのじゃ」


 魔法! またでた!!

 ラノベでもゲームでもでてくる不思議世界必須のワードだろうけど、べた過ぎ出過ぎじゃないのかよ。まったく。


 「祥くん、さっきも言ったけど、これは事実。キラーっと一瞬光って、ぽわぁっと……凄かった~」


 透は両の掌を自分の頬に当てると、小刻みに揺れながらほわんとした笑みを浮かべた。察するに、なんだか良いことだったようですね。見てない俺にはさっぱりだが。


 「そしてこの言葉は……」

 「それも? それも魔法?!」


 透の食いつき方が半端ない。かなり面白がっているようだ。あぁきっと、こういうタイプだろうな。ATMで還付金~とかでほいほい食いつくのは……。

 俺は軽い目眩に襲われた。


 「いーや、ガッカリさせてなんじゃが、同時翻訳をさせる魔法なぞまだ編みだされてはおらぬ」

 「そっかぁ」


 透は肩を落とし、あからさまに落胆していた。なぜだ。


 「じゃあなんでだよ」


 婆さんは、くくっと今日何度目かの喉を鳴らした。


 「そう焦るな。順に話してやろう。まず……この世界にはいまだに神に供物を捧げるという名目で、無垢な乙女を生贄に差し出しておる」


 小さな婆さんは淡々と語る。

 でたな生贄。異世界ラノベに出てきそうな話。まったく、なんなんだよ。俺、まだトラックに轢かれてねーんだけど?


 「今回はそれが、ここにいるジェイの姉というわけじゃ」


 ジェイの綺麗な顔が何かを堪えるように歪む。膝に置いた両手がぎゅっと握りしめられるのを見た。


 「この姉弟はこの辺りの領主の子でな。本来は別の娘がいくはずじゃったが、この子の姉が身代わりを申し出たのじゃよ」


 え?


 「でも生贄ってそれって死ぬってことじゃ……」


 俺の言葉に、ジェイは頷いた。


 「姉さんは、村の皆が大好きなんです。両親がいない今、村の誰も悲しませないと供物をだせとの報せが来た時にそう呟いて……」


 ジェイは、言って哀しそうに笑った。


 「でも、僕にとっても姉さんは大事な家族なんです。だから」

 「ご両親はどこ?」


 透が怪訝そうに聞いた。


 「そんな一大事、子どもだけで決めちゃだめだよ。帰ってきて子どもがいなくなっていたら、村の人たち同様にご両親も悲しむでしょ。それじゃ、お姉さんの言う誰も悲しませないっていう言葉に反してるよ」


 そうだそうだ。勝手にこの世とおさらばなんて、それが誰かを救う為でも、親不孝にも程がある。……まあ、俺は別の意味であいつらとは早くおさらばしたいけどな。

 俺はうんうんと透の言葉に頷いた。


 「領主夫妻が中央に呼ばれて行ってから、既に三月は経っておる。往復の旅程を考えても、こんなに長くかかるとは思えん。恐らく自分らの意思では戻れんのじゃろう」


 婆さんが、炎の中に棒を突っ込んでかき混ぜながら、淡々と言った。そうしてその手をピタリと止めると、おもむろに俺たちの方に向き直った。


 「中央が敵の手に落ちたとみるが妥当であろう」

 「そんな……っ」


 ジェイの苦痛が声を縁取る。

 俺には話が奇抜すぎて、何が何だか分からなさすぎた。供物に領主に中央と敵って、全くもってぴんとこねぇ。だから一体なんで俺らはここにいるんだ。

 俺はちょっと口を開きかけたが、聞きたいことがうまくまとめられなかった。

 俺の顔をじっと見ていた婆さんは、そのまま言葉を続けた。


 「思ったよりも敵の蔓延り具合が早いのは間違いない。話を戻すが、両親が戻らぬなか、姉を案じたこのジェイがわしに頼んできたのじゃよ。古来より伝わる召喚の魔法を使い、願いを叶えてくれる者を扉の向こうから招いてほしい、とな」


 扉……。


 「本来であれば、願いを叶えるものは当然こちらの言葉を理解できる者。意思疎通できないと願いが何かも伝えられないからの。だが、言葉ではなく音を聴き、それに苦しみ、この世界と繋がった瞬間にすべてが常になるものがおることを、わしは知っておる」


 うぅっと呻いていたジェイが、その言葉にはっとして婆さんを見、次いで俺を見た。だーかーらー! 一体なんなんだ。

すると、ジェイの口から、驚きの台詞が。


 「まさか、本当にあの救世主……」

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