第1章 洞窟の魔術師(1)
超音波コオロギから案内されたのは、俺たちの家からほど近い公園。透にいびられる間に台風がまた近づいたようで、風がビュービュー唸っていた。
結局、またもやどうやったのか分からないが、靴は透が調達してきた。曰く、ちょいちょいと。なんだよ、ちょいちょいって。
「で? どーすんだよ。来たはいいけど、こんな薄暗くてすげー風の中を探すのか?」
公園の中をちらほらとついた電灯の明かり。これだけで、小さな虫を探す?どんな無理ゲーだよ。
季節外れの台風の風がなかなか涼しすぎて、俺は両手で自分を抱きしめる仕草をしてその場で足踏みしていた。
「ちょっと待って、え? 何」
透が手のひらに乗せたコオロギに向かって何か話そうとした途端、そいつはぴょんと飛んだ。
「あ!」
「ちょっ! 逃げたのか? やっぱただの虫だったんじゃ」
「ちょっと祥くん、うるさいから黙ってて」
俺の話を途中で遮って、透は言った。その声がやけに真剣だった。
その時――。
「いっ!」
またあの超音波が聞こえた。いや、今度はなんか言葉みたいなものも聞こ、える?
「……さま、せん…婆様、開いて」
「おい、透、これはっ」
ビュービューと吹き荒れる風、舞い上がる落ち葉、揺れる街灯、貫く音の洪水!
ガガガッ!と、俺たちの目の前の地面が盛り上がったかと思うと、間髪おかずに一気にそれは持ち上がり生まれた。
ぼんやりした明かりに浮かび上がるのは、大きな古びた赤黒い……これは扉か?
どこからするのか耳を抑えても響くその声は、今度ははっきりと叫んだ。
「婆様! 見つけました! 早く扉を開いてくださいっ」
その声に呼応するかのように、その扉は鈍い音をたてながらゆっくりと開いていく。
ガ、ガガ……。
「透……なんだ、これ……」
俺はその光景から目を離せず、隣に立つ透に聞いた。ゆっくりとゆっくりと開く扉。漏れる明かりは炎の色。
「ごめん、祥くん……僕も何がなんだか分かんない」
え!嘘だろ、おい、と透の姿を凝視した瞬間、俺の身体がグイッと動いた。
扉が少し開いたあたりで、急に何もかもを吸い込み始めた。
「待て、まてまて、待てってば!!」
まるで掃除機のような吸引力に、掴まるものも何もなく、当然邪魔するものもないので、必死に手をバタバタ動かしたってなんの足しにもならず、俺の身体は扉の方へ吸い寄せられていく。見ると透も同じだった。
「早く来い! 馬鹿者が!」
扉の中に吸い込まれる瞬間、何故か罵倒される声が聞こえ、しかしそれに反応する暇もなく俺と透は巨大な扉の向こうに引きずり込まれた。
待って、いや、なんでー!!
「がはっ!」
光の次に俺を襲ったのは、急な痛みだった。目を開けると黒っぽい地面が見える。どうやら顔から落ちたらしい。痛い。
いや、ちょっと待て、痛いなんてのんびりしていていいのか? いいや! いいわけない!
俺はすぐさま身体を起こし、あちこちについた泥を払うのも忘れて周りを見た。
そこは赤黒い岩肌に囲まれた閉鎖空間。少し離れた場所の焚き火の炎がちらちらと、舐めるように壁を照らしているが、いかんせん出力不足だ。
ここは……洞窟?
俺たちが引っ張り込まれた扉はどこにも見当たらなかった。あるのは、中央に炎、その周りに木箱みたいなのが数個、壁際に黒い1メートルほどの高さの壺みたいなものと、あとは布がかかっていて分からない。すると。
「大丈夫ですか?」
突然声をかけられた。振り返ると、そこには絶世の美女。
「あ、違うよ。男の子だよ」
間髪入れないツッコミが、俺の真っ赤な顔に冷水を浴びせる。だーかーらー、なんで分かるんだって!!
「ジェイさん見た瞬間に真っ赤になってるんだもん、分かりやすいだけだってば」
言いながら透がひょっこりと横から顔をだした。俺の顔を覗くようにしてにやにやしてやがる。
はぁ~? 分かりやすいだとぉ。こんな薄暗がりな中で、お前よく俺の顔色まで分かるな。ほんっと、失礼なやつ。
「ったく、なんなんだよ…。で、どういうことだよ。なんで名前知ってるんだ? 知り合いか? っていうか、ここどこなんだよ」
声が反響する。やっぱり洞窟か。
「あの喋るコオロギはいたか?」
「ジェイさんは今日知り合いになったよ。祥くんもでしょ」
丸っこい目で透が俺を見た。その続く言葉を俺は俄かに信じられなかった。
「知り合いって俺はこんなイケメン知らな……」
「やだなぁ、祥くんったら忘れんぼさん。さっきのコオロギさんだよ~」
……はぁ!?
「いや! うえ?! いや、まてまてまてまて」
思わず頭がもげそうなくらいぶんぶん振ってしまった。いくら何でも、俺がこの世には多少不思議なこともあるって透の不思議な力を見ているせいで知っていたにしても、コオロギってお前それは人外すぎだろーが!!
サイズがミニマムすぎんだろ!
と、心では喚いていたけど、あまりの衝撃に実際の俺の口からは、おわ、だの、ゔぇだのしか出てこなかった。
「僕の目の前で姿が変わったから、間違いないよ。ご挨拶もしたし」
いつだそれ!
「なんとまぁ、これが」
素直に飲み込むにははちゃめちゃすぎな展開に、俺は心の中で突っ込むしかできず、またもや突然に、その声は聞こえた。
ごそごそと壁に同化していた布の一部が動いたかと思うと、皺がれ声と共にそれは何かを持ってこっちに近づいた。
「うわっ」
思わず飛びのいたのは、怖かったからじゃないもん。
「そら」
俺と透の足元に、がしゃん、と何かを放って寄越した。
「婆様、大丈夫ですよね。僕、間違ってませんよね」
ジェイと呼ばれた絶世のイケメンが、皺がれ声に縋りつく。
「扉がお前の呼びかけに応えた。真実は全てそこにある。間違ってはおりゃせん」
投げられたそれは、所謂ファンタジーで言うところの剣だった。1メートルちょっとの剣が1本とそれより小さな剣が1本。
ちょっと待ちなさい。これを寄越されたって全く意味が分からないんですけど?
「おい、お前誰だよ! ここはどこだ? なんなんだよ、こんなの投げて……。そうだ、あの扉は? なんか言え!」
足元の剣はチラ見したくらいで放置し、目の前にいる奴らに向かって怒鳴った。
謎の登場人物がまた一人増えたぞ。そろそろ本気で説明しやがれ。
俺の声に、婆様と呼ばれる布切れを被った小さなそいつは、絶世のイケメンを仰ぎ見た。
「なんじゃ、ジェイ。おぬし、何も話しておらなんだか?」
「あ……はい、実は話そうとしたのですが……何分にも小さな生き物で僕も勝手が分からず…それに、僕が話そうとすると何故か苦しまれて」
その言葉に思いっきり音がしそうな程振り返り、小さな布きれを被ったそいつは俺をまじまじと見た。何かを確かめているかのように、上から下まで俺を見る。必然的に俺もそいつを見た。
なんだよ、俺も見てやる。
そいつは、子供のような小さな背に、顔には反比例した皺の数が。男か女かは結局見ても全然分からなかったが、「婆様」と呼ばれるんだから、きっとそうなんだろう。フードから出る髪は銀色、いや、それが銀なのか白なのか本当は分からない。暗いし炎の明かりだし。そういえば、絶世のイケメンも同じ色かな。炎でキラキラしてる。
「……なるほど。ジェイよ、おぬしはきちんと勤めを果たしたようじゃ」
小さな婆さんは、縋りつくような瞳のイケメンを仰ぎ見て言った。
「我が世を救う者たちを、違わず連れてまいった」
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