第4話 出会いのはじまり

 嘘のような景色だった。


 恐ろしく不穏な森の木々が、暗闇さえ溶かすような速さで線に束ねられ、後方へと消えていく。

 僕らを取り囲む巨大でたくさんの影は、小さな一つの粒にまとめられ、瞬きの間に見えないほど遠くへ置いていかれた。


 馬より早く風を裂き、空を翔ける。

 目も開けられない凄絶さに刮目する。


 とにかく叫ぶしかない。


 全身に感じる空気の壁に、押し負けないぐらい大きな声で叫んだ。

 ついさっきまでの恐怖を忘れるほど叫んで、訳の分からない状況の中、止まらない絶叫にいろんな思いを込めた。



 息つく間もなく、気づけば森から出ていた。晴れやかな日差しは遮られず、さんさんと降り注ぐ温かな光に目を細める。しけた森の香りは薄れ、吹く風は打って変わって穏やかだ。


 薄暗くなくて、ジトジトしていなくて、怖くなくて、息苦しくない。いっぱいに開いた口のように広がった視界に脱力する。


 ぐったりと倒れた僕らの頭上から、厳つい男の声が響いた。


「おうおうおうガキ共、助けてもらっといて感謝の言葉もなく寝るとは肝が据わってるじゃねえか」


 誰だろう、聞き覚えのない人だ。


 まだ眩む視界では、薄ぼんやりとした人影しか分からない。体格は分からないけれど、背は高いのだと思う。

 寝そべる僕らを覗き込む男の影が、暖かな陽射しを長く遮っている。


 傾き始めた日の光と男の影は、心地よい暖かさを翳してくれる。礼を言わなければ、素性を尋ねなければ、と思いはすれど、緩やかに伸びをする全身から意識の紐がスルリと抜けていく。

 半分になった視界の中で、男の姿が遠くなっていく。言葉も、叫んでいるという事だけは分かるけれど、段々とやまびこのようなぼんやりしたものへ変わっていく。

 その移ろう一瞬の感覚を、永遠のように眺めながら抗いようのない睡魔へと伏した。

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虹の裏側 春豆風 @HALtouhu

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