邂逅
面談後、一度家に帰りシャワーを浴びる。今日も出勤の日だ。シャワーを浴び、短い髪をセットして身だしなみを整えるが、自転車で三十分弱かかるロマックスに着くころには汗だくでボサボサの頭になっている。
「おはようございまーす」
待機室に着くと決まりのあいさつをしながら部屋に入る。もう昼過ぎだが、「夜の仕事のあいさつは、何時でもおはようだから」と、どこか誇らしげに教わった。スーパーと飲食店のバイト経験もある私からすれば、それはいわゆる水商売だけでなくどこでもそうだけど…と思ったが、その時は「やっぱり特別なお仕事なんですね」と適当に媚びを売るような相槌を打ったのを覚えている。
部屋にはシンさんが一人だけだ。長めの茶色い髪にスラっとしたスリムな体で一定の需要があるようだが、待機室にいることが圧倒的に多いようだから、きっと指名しているのは一部のリピーターばかりだろう。不愛想で常に話しかけるなオーラを醸し出していて、ボーイの中でも一番苦手な人だ。
とりあえずパソコンを開いてレポートの続きにとりかかる。働くことも大切だが、特待生を維持するために勉強もしなければならない。学費免除がなければ退学すらあり得るのだ。と思ったところでスマホが光る。いつもサイレントマナーにしているため、通知はだいたいランプで確認している。
「お疲れ様です。
ご予約が入りましたので、確認をお願いします。
本日、19時から個室120分コース
バックプレイ:希望なし
K様 ご新規
確認が出来ましたら連絡をお願いします。 長野」
今日は新規の客だ。リピーター以外の客はメール内で教えてもらえる。しかし分かるのはそれだけ。容姿はもちろん年齢も分からないため毎回緊張する。
レポートを終わらせるとちょうどいい時間になっているので、仕度をしてロマックスから店舗に移動する。仕度といっても今回はバック、つまりアナルを使うプレイは希望しないようなので髪の毛を整えるぐらいなものだ。売り専を利用する客もいろいろで、挿入行為はせず、手や口でのプレイを希望する人も少なくない。
エレベーターから降りると猫がこっちを見つめていた。茶色がかった銀色の毛並みに黒の縞のような模様が入っている。じっと見つめてくるので撫でたくなったが、お客との性行為を前に動物を触るわけにはいかない。青い瞳に後ろ髪を引かれながら、店舗への階段を上がっていく。
「おはようございます。お願いします」
「じゃあ、201番でお願いします」
「はい。行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
店舗に入りいつもの挨拶を交わす。ここの店は客が先に部屋に入り、後からボーイがお茶を持って部屋に向かうシステムだ。
部屋の前で深呼吸してノックする。はーいという返事がして部屋に入ると、爽やかな笑顔の男性が座っていた。30代前半くらいだろうか。短い髪に整った顔立ちで体つきもしっかりしている。わざわざ高いお金を払って売り専を利用せずとも、需要がありそうな外見だ。しかも、しっかりスーツを着ている。少し変に思ったが、いつも通り仕事に入る。
「こんにちは~。初めまして!マコトです~。よろしくお願いします!」
ここでは「マコト」を名乗っている。自分では源氏名を決められず、店長に名付けてもらった。
「はじめまして!えっと…Kです!よろしくね!」
「ご指名ありがとうございます!すごいイケメンさんですね!こういうところはよく来るんですか?」
「実は初めてなんだよね~。だから今日はエッチなことじゃなくて、話がしたくて!そういうのってボーイさんに失礼かな?」
失礼どころか大歓迎だ。喋るだけで給料がもらえるなんて願ってもない。
「いやいや!そんなことないですよ!意外とそういう方もいらっしゃいますし!何かお悩みとか愚痴とかがあるんですか?スーツだしお仕事帰りですかね?」
「ううん。単刀直入に言うとね。マコト君に出資したいと思ってて。」
「…はい?」
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