面談

 スマホのアラームが鳴る前に朝の日差しで目が覚める。一般的に南向きの部屋がいいというのは知っていたが、東向きの部屋にして正解だった。痛む腰をさすりながらシャワーを浴び、仕度ができたら自転車で学校へ向かう。

 俺が通う専門学校は四年制で、カリキュラムも大学のそれと似通っていて自分で履修登録を行う。法律を学ぶ専門学校だが、資格の取得は強制ではない。民間企業に就職する者、公務員を目指すもの、進学する者など様々だ。もう三年の七月だというのに進路の指針が定まっていないのは自分だけかもしれない。今日は朝から進路指導との面談があるのに、昨日のバイトのせいでロクな言い訳すら考えられていない。

 「おはよう。川野君。もう準備出来てる?」

 ”準備”という言葉に一瞬体が反応したが、すぐに返事をする。

 「はい。よろしくお願いします」

学校に着くなり先生に見つかったため、少し早めに面談が始まってしまった。準備なんか出来てないのに、いつも人の言葉に否定で返せず、とりあえず肯定してしまう。

 誰も居ない教室でお互い向かいあって席に着くと、早速話が始まる。

 「じゃあ、ちょっと去年の面談の資料を見せてもらうね~。去年は木村先生か~。」

 川野勇気というありふれた名前の書かれた紙が視界に入った。

 この奥田先生はのんびりした喋り方をする。そこらの女性よりも低い身長と、白髪交じりの短髪が特徴的だが、その物腰柔らかな口調と、四十歳を過ぎても独身なことから一部の学生の間ではゲイ疑惑が持ち上がっている。本物の自分からすれば明らかなガセネタである。

 「そっか~、ロースクール目指してたんだ~!その後はどう?」

 じわっと苦いものが心に広がったような気がした。

 「いや、結局、進学は諦めました」

 「それはまたなんで?」

 屈託のない質問に話を続ける。

 「能力的にも、経済的にも厳しいかなと思いまして…」

 「お金のことは、まあ確かにね~。でも試験の方は僕はそんなことないと思うけどな~。むしろ川野君が無理ならこの学校の学生じゃ無理なんじゃない?」

 本心なのかお世辞なのか判断できない笑みを浮かべて言う。

 「いやいや…全然です…。去年、行政書士試験に落ちて、このレベルに合格できないんじゃ絶対無理だなって、実感しました。既習で進学できても、そこから二年間ひたすら勉強し続けて、そこから司法試験まで努力し続ける自信もないですし、もし成功出来なかったときのことを考えると…」

 少し考えるような表情をした後、先生が口を開く。

 「そっか、ということは民間かな?行政書士は今年はいけそう?」

 「そうですね、民間就職を考えてます。今年は絶対受かります!」

 「そっか!じゃあ、オッケーだね!これからどっちの準備も大変だろうけど頑張ってね!」

 先生が定型文のように締めくくって面談は終了した。がっちり身構えていたのに、意外とあっさり終わって拍子抜けしたが、まあ、高校までと違い学生への思い入れなんてものはこんなものだろうと開き直る。一年目も二年目も同じような反応だった。ただ、就職活動の始まる年だからもっと手厳しいことを言われるかと思っていたのだ。

 

 小さい頃から弁護士に憧れていた。物心ついた時にはバドミントンと男が好きな少年になっていて、将来は弁護士になって弁護士の彼氏を見つけて、二人でダブルスを組むんだ。などという少女漫画もビックリの甘い夢を見ていた。

 それが今では司法試験より遥かに易しい試験に落ちて、素性の知れない気持ちの悪いオジサンに体を売っている。人生何があるか分からない。ただ、だからこそ、いつ素敵な物語が始まるかも分からない。

 昔と違って今は本気で何かを期待しているわけではない。ただ、自分が生きる理由にこじつけているのだ。生きたくない。かと言って死ぬ勇気もない。だから、何かが起こる可能性を、惰性で生きる言い訳にしている。

 ―それが俺だ。


 

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