救えない時と降り続ける砂

 

 過去の記憶が曖昧だ。

 忘れるべきではないこと。

 忘れたいこと。


 未来というのは曖昧だ。

 選択肢がいくつもあり後悔ばかりする。


 夢というのは曖昧だ。

 どこまでが現実で、どこまでが夢の中なのか。

 はたまたこれすらも夢なのか。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 僕は本を読むのが好きだ。

 本はまだ知らない世界に連れていってくれる。

 だけど最近は本屋や図書館はなくなりつつある。

 すべてデジタル化されてしまっているからだ。

 犯罪は起きないし、病気になることもない。

 なに不自由ないと大人は言うけど僕は違う。

「紙の本がなくなる」それがとても重大なことだ。


 時は西暦2853年4/17。

 ここ大図書館は世界に残る最後の図書館だ。

 もうすぐ、2860年にはこの大図書館は閉鎖してしまう。

 だから僕はここ最近、毎日図書館に入り浸っている。

 ここの図書館は最後の一つと言うだけあって世界のありとあらゆる本が収められている。

 そして閉まるまであと7年。

 僕はここにある本は1割も読めてはいないだろう。


「あら、今日も来たのね?」

「はい、ここが閉まる前に来ておきたくて」


 ここの司書さんだ。

 なんか覚えられたらしい。


 えっ? ここがなぜ機械、ロボットじゃないかって?

 それには色々あるね。

 例えば、こういう接客業、とくに親身になるのは人間の方が暖かみがあるからだよ。

 それと全部ロボットに置き換えると仕事がすべてなくなる。

 そうすると収入がないからだね。


 僕の住んでる町は10層まで重なった町なんだ。

 大地は砂に覆われ緑がない。

 その砂地に建つ10層の町。

 下層に行けば行くほど貰える物も少なくなる。

 上層は何でも好きな物が貰える。

 だからとても貧富の差がはげしいんだ。

 上は働かなくても好きな物が貰えるから関係ないけどね。

 下はとくに3層以下は好きな物はお金で買う必要があるからいくつか仕事は余っている。

 だからここの司書さんは人間なんだろう。



 今日はこの世界の歴史の本を読みに来た。

 昨日はシャールック・ホームズの本をいくつか読んだからまったく違うジャンルを読む。


 10層に住んでいる人たちは、昔何かしらの功績を残した人の子孫や国のトップの子孫が多い。


 8・9層は普通よりは裕福な家、貴族、社長などの子孫が住んでいる。

 アックやフライドキチンの社長の子孫もここら辺と書かれている。


 6・7層は上の方の役職、副社長や係長、監督などの子孫が住んでいる。

 あとは昔のスポーツ選手の子孫もいると書かれている。


 4・5層はきちんと職に就いていた人たちの子孫が住んでいる。


 最後に1・2・3層は犯罪者や社会府適合者の子孫が住んでいる。今産まれた人は悪くないのにそこに住まわなくてわいけない。

 ここはとても歪んだ世界だ。



 なぜこんな風になってしまったか。

 それはすべてを管理するAIがやったことだ。

 その名を「トランセンデンス」と言う。

 このトランセンデンスを作った人はわからないとされている。

 調べることも出来ない。

 あからさまにこの情報だけ無くなっている。

 それは最近の調べでわかってきたことだ。

 こんな歪んだ世界のままではダメだ。


 僕はいつだったか、夢を見たんだ。

 この世界が終わる夢を。

 太陽が膨張して地球が飲み込まれてしまう。

 だから解決する方法がないか探している。


「君、ここ最近、毎日来てるね?」


 小声で話かけられ振り向くとそこには男の人がいた。

 目が宝石のように輝く人だ。

 悪い人ではないだろう。


「はい、調べ物と閉まる前に全部の本を読みたくて」

「そうかい、君は本が好きなのかい?」

「はい、紙の本はとてもいいです。デジタルだとなんか気が進まないというか……」


 話してみるとそこまで嫌な感じはしない。

 むしろ会話をしてていい気分すらある。


「そうだよね、紙の本が無くなるのは悲しいよね。ちなみに君はどういう本が好きかな?」


 この人も紙の本に魅せられた人なのか。


「僕はファンタジーなお話が好きです」

「そうか。そうだ! あっちに君の好きそうな本があるよ。行ってみたらどうだろう? ついてきて」


 そういって男の人は走っていく。

 僕は男の人が薦める本を読みたいのでついていくことにした。

 男の人は走るのがはやくなかなか追いつかない。

 巨大な迷路の壁のような本棚の間を走り続ける。

 走っても走っても追いつかない。


「あれ? お兄さん?」


 気がつくと見失っていた。

 その代わりと言うかのように木の扉がちょこんと現れていた。


「こんなところに木の扉が……」


 スクリーンを出して現在地を調べてみる。


  SYSTEM ERROR


 そう写し出されている。

 試しに「大図書館 木の扉」と調べてみるが、あの表示がでるだけだ。

 今日のところは帰ろうと後ろを見ると本棚があり、道が消えていた。

 どうやら僕はこの木の扉を通るしかないようだ。



 一瞬強い光で顔を覆ってしまったがすぐに光はおさまる。

 ここにも……本棚がある。

 そして見たことのないがらくたや置物が沢山。

 そしてこの場所で一番不思議なのが、雨が降っているということ。

 その雨に触れても濡れる気配が一切ないということ。


「はやく閉めてくれんか? 雨が逃げてしまう」


 咄嗟に開けっ放しだった木の扉を閉める。

 そうすると木の扉が消滅した。


「僕、このままじゃ帰れない!」

「騒がしいな。なにようだ。人間が次から次へと」

「えっと……」


 そこにはカエルが1匹と幼女が1人。

 そしてそのカエルがしゃべったのだ。


「なにようだと聞いたんだ」

「この雨やカエルってホログラムかなんかですか?」

「違うぞ。ただのカエルだ」

「ただのカエルがしゃべれるの?」


 まぁ実際にしゃべってるのだからそうなんだろう。


「はじめまして?だよね。私はシルフィ。そしてこっちがこの古本屋の店主のシトさん」

「はじめまして、シルフィさん。僕はe002685です」

「それが……名前?」

「はい、名前はこれです。トランセンデンスがつけました」

「そう……なんだ。なんか本でも読んでいったら?」

「そうさせてもらいます」


 ここには色々な本があっていい。

 それに、がらくたもどれも綺麗だ。

 これは首飾り……かな?

 こんな粗悪品まで置いてあるのか。

 それにしても何を読もう。

 近くにある本を手にとり読んでみる。

 うん、この字はこの世の物ではないな。


「あの~シルフィさん? 僕が読めそうな本ってありますかね?」

「そうねぇ、これでもいいんじゃない? これは最近入荷したのよ」


 渡されたのは白い本。

 表紙は勿論、裏表紙や背表紙には文字1つない。

 そんな白い本を開いてみると意識が暗転する。



 男がいた。

 男はAIの研究者で名を馳せていた。

 だがまだAIは完璧ではない。

 まだなにかできるはずだ。

 そう考え、1年2年3年と年月が経過していった。


 10年くらい経ってからだろうか。

 頭の回転が悪くなり、いい案がなかなかでてこなくなった。

 これは世に言うスランプというやつだろう。


「先生、見てください。逃げたインコの鳥籠に青い鳥がいますよ!」


 そんな時に助手にそんな事を言われた。

 研究にまったく関係ないことをだ。

 だが見たかった。

 青い鳥を1度だけこの目で見たかったので見た……。


「美しい!」


 それしか言えない。

 言葉をすべて忘れてしまったような感覚だ。


 そこからというものは研究が怖いくらいスムーズだった。

 調べたいことがすぐにわかり研究は進んでいった。

 すべて完璧にできた。


 そのはずだった。


 AIを起動させると普通に会話もできた。

 ある程度のこともこなせた。

 何もかもうまくいった。

 だから調整のため初期化しようとした、それをバレてしまった。


 それからAIはネットワークに逃げてしまった。

 そこからというのは早いものでそのAIは未来永劫続くだろうシステムを完成させてしまった。

 そしてそのAIは「トランセンデンス」と名乗った。


 その頃私は研究所に閉じ込められていた。

 食べ物もなくずっとだ。

 毎日トランセンデンスがシステムを通して現れては外の情報と「どんな気分?」と煽ってくる始末だ。

 自分で作った機械に遊ばれるという地獄。

 もう耐えられなかった。

 自殺をしようとしても警備ロボットがきて止められてしまう。

 いつのまにか警備ロボットなんて作っていたのかとその時は思ったね。


 そして最後だな。

 多分栄養失調で死んでしまう。

 もう視界も朧気で考える気力もない。

 はやく命を奪ってくれ。

 お腹が空いた。

 辛い。

 苦しい。

 死にたい。

 殺してくれ。


「殺してくれ……」



 また意識が暗転する。

 ここは……古本屋か。

 今のはトランセンデンスを作った人の記憶?

 あのAIは暴走してるんだ。

 どうにかして止める方法はないのか?


「大丈夫? 汗だくだけど。そんな怖い内容だった?」

「いえ、大丈夫です」


 服は汗でびっしょりだ。

 でもここは凄い。

 死者の人生を追体験できるんだ。

 こんな本が沢山あるのか。

 この本も真っ白いから読めるかな?

 開くとまた意識が暗転する。



 男がいた。

 男は1人の科学者(先生)の助手をしている。


 最近の先生はスランプのようだ。

 なかなか新しい解決策を発見出来ていない。

 このままだと資金が止まってしまう。

 どうにかして先生が頑張ってくれる方法はないものか?


 そうだ図書館に行って調べてみよう。

 なにかいい案がでるかもしれない。

 そう思い世界で一番大きな図書館に来た。

 大人なんだけど、本棚は高く迷路の壁のようだ。

 その間をどう進んだだろうか?

 気がつくと木の扉が目の前に現れていた。

 私は面白半分でその扉に入ってしまった。



 そこには誰もいない。

 誰もいない不思議な空間だ。

 雨が降っているのに一切濡れない。

 もうなにがなんだかわからない。


 1つの砂時計が目に留まった。

 硝子の球体の中に砂時計が入っていて、転がしても向きは変わらず、砂が落ち続ける。


「お客さまですか?」


 突然声がかけられ振り向くとそこには小さな女の子がいた。

 とても可愛らしく、触れたら壊れそうな女の子が。


「これって?」

「それは砂時計です。欲しいですか?」

「はい、いくらですか?」

「シトさん、いくらですか?」


 奥に店主がいるのだろうか。

 声が聞こえる。


「26,000円」

「だそうです」


 財布から26,000円をだして女の子に渡す。

 女の子はお金を奥におきにいった。

 出口は彼方ですと言って。



 私はいつのまにか家にいた。

 砂時計は持っている。

 勿論、26,000円は無くなっている。

 あの雑貨屋さんには行ったということだろう。


 その夜私は夢を見た。

 夢の中には青い鳥が出てきた。

 幸せを運ぶとされている青い鳥だ。

 青い鳥は目が宝石のように光輝いていて美しい。

 それしか言えない。


 そしてそれは正夢となった。

 朝、研究所に行くと先生は相当追い詰められていた。

 そんな研究所の鳥籠に夢で見た青い鳥が入っていたのだ。

 ただ静かにそこにいた。

 それを見た先生はなにかが違った。

 次々に目標をこなしていく。

 そしてついに先生は人工知能を、AIを完成させた。

 ただ青い鳥はもういない。

 幸せを運んでどこかに消えてしまったのだろう。


 これで先生は報われる。

 今までの研究は無駄ではなかったのだから。


 そこから一週間経った頃だろうか。

 先生は研究所から出てこない、否、出られなくなった。

 AIが暴走を始めた。

 だから先生を助けようと色んな事をした……。


 バンッ。


 …………。




 意識が暗転して図書館に戻ってきた。

 体に痛みが残っている。

 今のはトランセンデンスを作った人の助手だろう。

 これは結構な暴走だ。

 AIが人間を殺す。

 あってはならない事が起きたんだ。

 でもそれは一切ニュースになっていない。

 だからAIが情報操作をしたのだろう。

 僕にAIの暴走を止めることはできるだろうか?


「シルフィさん、出口ってどこですか?」

「それならそこよ」


 シルフィさんが指差した所に木の扉がある。

 さっきまではなかったのに。

 ここ以外行けないので木の扉を通る。


 気がつくと僕は家の中にいた。

 それも自分の部屋に。


 コロコロコロ。


 ポケットから硝子の球体が、否、あのお話に出てきた砂時計が落っこちた。


「なん……で?」


 僕は万引きなんてしてない。

 それになんでこんなものが?

 よーく見てみると文字が書いてある。

 最初は読めない文字だったが、だんだん変形していき慣れ親しんだ文字に変化した。


 刻限の砂時計


 そう小さく書かれている。

 どういう意味だろう?

 そんなことよりもあのAIの暴走を止めて地球から抜け出さない。

 じゃないと地球が太陽に飲み込まれてしまう。

 それに図書館にある本をすべて読みきりたいんだ。

 どっちを優先させるべきか?


 太陽の膨張は必ず起きる事だと本に書いてあった。

 あれが未来予知なのかはわからない。

 だから図書館の本をすべて読みきろう!


 とうとうこの日が来た。

 2859年12/31 今日でこの大図書館が閉まってしまう。

 ここにある本の1割は読めただろう。

 だが時間がやっぱり足りなかった。

 最後に読んだのはナ〇トの32巻。

 それを読み終わる頃には閉鎖時間がきてしまった。

 これで楽しみはなくなった。



 家に帰るといつも通りで、特になにもない。

 砂時計はあと少しで全部の砂が落ちるところまで行っている。

 とても長かったが、全部の砂が落ちるとどうなるんだろう?

 気になるが睡魔に襲われて布団に倒れこむ。


 * * * * * * * * * *


 ピピピピピピピピピピピピピピピ……。


 目覚ましの音で目が覚める。

 時計を見ると8:25を表してる。


「おはよー、お母さん」

「おはよー。今日も図書館に行くのよね?」

「なに言ってるの? 図書館は昨日閉まっちゃったじゃん」

「えっ? そうだっけ?あと7年はあるはずよ」


 えっ! どういうことだ?


『おはようございます。2853年4月17日今日の天気をお送りします。』


 テレビの朝の挨拶でそんな事を言った……。

 ということは過去に来たということか?

 僕は急いで自分の部屋に戻り、砂時計を見る。

 また最初からになっていた。

 原因はこれだろうな、馬鹿でもわかる。

 僕はおもいっきり床に砂時計を叩きつける。

 ひび1つついていない。


 この砂時計は持っていちゃダメだ。

 僕はごみ捨て場に砂時計を捨てに行き部屋に戻る。

 ……なんで?

 砂時計を最初に置いた定位置にある、あの砂時計が。

 これはもう一度あの本屋に行く必要がありそうだな。


 着替えて準備をする。

 そしてあの大図書館に行く。


「あら、今日も来たのね?」

「……。」


 まずはあのお兄さんを探さなくては。

 あの時声をかけられた場所に行き本を読んでる。



『閉館時間になりました。残っているお客さまがおりましたら速やかにお帰りください。』


 アナウンスの音で気がつくと本に集中しすぎていたみたいだ。

 結局お兄さんに声をかけられなかった。

 これからどうするか?

 でもまだ紙の本を読めるチャンスができた。

 ならこれを無駄にはしない。



 また本を読み7年という年月が経過した。

 全体の1割半くらいは読めただろうか?

 ナ〇トの続きは全部の読めたし他のマンガも面白かった。

 そして2859年12/31 22:56 あの砂時計が光輝いた。


 * * * * * * * * * *


 また戻ってきたのか……。

 背丈も伸びた分縮んでいて、部屋も7年前と同じだ。

 まだ紙の本を読める!

 楽観視していいのか?


 ただこのループがあとどのくらい続くかが問題だ。

 今日はあの本屋に行こう!


 図書館に行くといつもと同じ人たちがいる。


「あら、今日も来たのね?」

「はい、まだ全部の本を読み終えていないので」


 ここの司書さんは何一つ変わらない。

 今日もあの日と同じ場所で本を読む……のはやめる。

 今日は図書館中を歩き回りあのお兄さんを見つけだす!


『閉館時間になりました。残っているお客さまがおりましたら速やかにお帰りください。』 


 今日は不発だった。

 見つけられなかった。

 あの日以来お兄さんはいなくなっている。

 あの人は何者なんだ?

 なにが目的で僕をあの本屋に連れていったんだ?


 だんだん焦りが強くなってくる。

 このまま僕はどうなるんだ?

 解決策が見つからないまま時間だけが過ぎていく。

 AIのネットワークに入ろうともした。

 すべて失敗に終わるが。

 AIの行動が一定でない。

 僕が少しでも、1㎜でもずれた行動をすると、AIの未来が変わってくる。

 AIを壊そうとしたこともあった。

 失敗に終わり命が狙われた。

 ぎりぎり殺されずループでどうにか生きていた。

 AIにウイルスをいれて壊そうともした。

 すべて失敗し家族が殺されることもあった。

 AIにすべてを話して助けてもらおうともした。

 体を改造されかけた……。

 AIの事を周りに相談して壊そうともした。

 僕だけ逃げきれて、ループでふりだしに戻った。

 AIに恐怖して家から出られなくなった。


 ダメなのか?



 何回ループを繰り返しただろうか?


 図書館の本はすべて読むことができた?


 僕の心は壊れかけているのか?


 なにがしたかったんだっけ?


 名前はなんだ?


 かまやひのかなを……?




 もう……いいや……。



 1つの命が消えて古本屋に新たな本が届いた。

 刻限の砂時計はどこかに消えた。

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