救えない色と降り続ける水


 声には色がついている。

 怒っている色、悲しみの色、喜びの色、妬いている色、苦しんでいる色。

 どれも色鮮やかに輝いていて、僕の世界は色とりどりに彩られている。


 けど、これを人に言っても信じてはくれない。

 それどころか、恐怖の色と心配の色が僕に届いてくる。 

 誰も信じてくれない。

 親も、姉も、友達も、先生も、お医者さんも。


 あの子だけが信じてくれる。



 ※



 雨の日は憂鬱だ。

 多くの人がそう言うだろう。

 けれど僕は違う。

 雨の日は色がより鮮明に、より鮮やかに彩られる日なのだから。


 6月に入り梅雨まっただ中なこの季節。

 窓の外を見ながら黄昏る男の子に届く声。


「知ってる? あの噂」

「あー、アレね。

“青い鳥に誘われて、雨のフル本屋に行けば、時を越えるも知恵をつけるも自由となり”

ってやつ?」

「そうそう」


「噂、ね」 


 男の子は窓際の席で雨の降る外を見ながらボソッと呟く。

 男の子の名前は色町いろまちるい

 誰に話すでもなくただの独り言?


「噂じゃないと思うの?」

「ウワァ!」


 涙は急に声をかけられた事に驚いたのか椅子から転げ落ちる。


「大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫」

「もう、そんなに驚かなくてもいいじゃん」 


 涙に話しかけた女の子はくすのき実莉みのり

 明るく社交的、所謂陽キャというやつで、なぜか涙を気にかけている。

 というよりも、


「ねぇ、涙くん。あの娘たちは信じてる? 信じてない?」

「信じてないよ」

「ふーん」


 涙の能力、否、呪いのような力。

 人の言葉や声には色がついていて、感情を読み取る事が出来る。

 それは誰も信じていなくて、ただ1人、実莉だけは信じてる。


「やっぱり凄いね。で、さっきの質問だけど噂じゃないと思うの?」

「う、うん。僕は噂じゃないと思う」

「やけに断言的だね?」

「そうかな?」

「うん。女の勘ってやつ」


 涙は実莉の色を見る。

 誠実で嘘のついてない色。

 本気で涙が断言したと思っているのが涙にはわかる。


「もしかして行った事があるとか?」

「うっ」


 涙は昔から好かれやすい。

 それも理由はもちろんあって、分かりやすい。

 超のつくほど顔と言動に出るから分かりやすいのだ。


「ふーん。行った事があるんだ。どんなだった? 何をお願いしたの?」

「....言えない」


 涙はそれだけ残して口を閉ざす。

 言えないというより、言いたくないの方が正しかっただろう。


「じゃ、いつか言いたくなったら言ってよ」

「....うん」


 涙を残して実莉は行ってしまう。


 1人ボーッと雨の降る外を眺めた続ける。

 思い出すのはあの日の記憶とあの日の出来事だけ。



 ※



「ねぇ、君が色の見える子?」


 高校2年に上がってすぐ、涙に女の子は、実莉は話しかける。


「....」

「おーい、聞こえてる?」


 実莉はそういうと空いていた涙の前に座る。

 その後はジーッと見つめるだけ。

 見つめて見つめて見つめるだけ。


「あの」

「喋った! 喋れるなら話そうよ」

「え?」


 涙は驚いた。

 大抵、色の事を聞くのは馬鹿にしてくる人だけ。

 そんな人を馬鹿にするような色はドロドロとした黒だったり、濁った白だったり。

 黒は悪意ある嘘、白は善意の嘘。


「なにか、用ですか?」

「うーん。なにか話そうと思ってたんだけど忘れちゃった。まぁいっか。私はくすのき実莉みのり。よろしくね」

「僕は――――」

「――――知ってる。涙くん」


 どこか懐かしむような、それでいて悲しみを含んだ色が涙に届く。

 それが何を意味してるのかは分からない。

 けど、何かが懐かしい。

 なにかあと1つのピースが足りない感じ。


「そうだ! 色がわかるんだよね? 私の今の気持ちは?」

「嬉しい?」


 なんで喜んでいるのか、涙には全く実に覚えがない。


「おー、正解。やっぱり凄いね、涙くんは」


 またもどこか懐かしむような色。

 それと悲しみの色も少しだけ混じりあっている。


「なんで悲しんでるの?」


 無神経だったか、そう思った涙だったが、


「あちゃー、わかっちゃうか。ううん、なんでもないんだよ、じゃ」


 どこか逃げるように行ってしまう実莉。

 その声は申し訳なさと、悲しみと、少しの喜びと、白い嘘の色が混ざりに混ざっていた。


「嘘....?」


 涙は結局、意味がわからずに外に視線を向けた。




 18:00、全校生徒に下校するようチャイムが学校中に鳴り響く。


「いつもはこんな事ないのに」


 走って校門を抜ける涙。

 誰かに取られて傘が無く雨に降られながら町を走る涙。


 涙はたまたま睡魔に襲われ授業中に転た寝をしてしまった。

 そのまま授業は終わり、仲の良い生徒なんているはずもない涙はそのまま下校時間ギリギリまで眠っていたのだ。


「ついてない、ついてない」


 雨に濡れながら独り言を呟いていく。

 自分の不幸を呪う色が涙に絡まっていく。

 走る足取りも段々と遅くなり最後には止まる、交差点の前で。


「楠、さん?」


 同じく傘をささない実莉は交差点の真ん中に立っている。

 大きなトラックが来ているにも関わらず、お互い気がついていない様子。


「危ない」


 涙が1歩踏み出した時にはもう遅く、水溜まりは赤く塗られ初めていた。



 あれから何日経ったか。

 あれから何をしたのか記憶にない。

 涙は自分で救急車を呼んだ事も、運転手が死んでいて実莉の親の矛先は近くにいて助けなかった涙に向いた事も何もかも覚えてない。


「覚えてない」


――――覚えてない訳ない。


「覚えてない」


 覚えてない訳ない。

 汚く綺麗な赤い水溜まり。

 ドス黒く憎悪に染まった声に、言葉に絡まれ巻き付かれ息をするのも苦しい。


「僕は悪くない」


 そう口にしても誰も助けてはくれない。

 家族の誰からも腫れ物扱いをされているから当たり前と言えば当たり前。

 それでも涙は耐えられない。

 心には皹が入り始める。


「僕は化け物じゃない」


 散々、この呪いのせいで化け物扱いされてきた。


――――こんな呪いなら死んでしまった方が楽なんじゃ?


 そんな思いが頭をよぎる。

 それと同時に、


「涙くんは悪くない。涙くんは化け物でもないよ」


 頭を撫でながら慰めてくれる女の子の姿を思い出す。

 初恋の相手にして名前は....「みのちゃん」と呼んでいた。


「みの、ちゃん?」


 なにか、足りなかったピースがはまっていく。

 勝手に物語が進むように、時間が勝手に進むようにピースは答えを指している。


「みのちゃん」


――――チュンチュン


 涙の耳におかしな音が迷いこむ。


「青い、鳥?」


 窓の外には青い鳥が雨宿りをしに来ている。

 ふと、涙は学校に伝わる噂を思い出す。


“青い鳥に誘われて、雨のフル本屋に行けば、時を越えるも知恵をつけるも自由となり。

 ただ、代償はあなたの大事な物と引き換えで”


 涙の目の前にいるのは青い鳥。

 それも、どこか神々しさを醸し出すと言い表せばいいか。


「連れてってくれるの?」


――――チュン


 涙に見えるのは色のない無色。

 無色透明、喋ってないのと同じ。

 または鳥だから分からないのか。


「いや、カラスに馬鹿にされたこともあるな」


 だからこそ涙はこの鳥が信用出来るような気がした。

 傘を持ち、急いで外に出る涙、そして自室を見ると青い鳥が飛び立ちどことも言わずに飛んでいく。

 それは涙がギリギリついていけるスピード。

 遅いわけでもなく、速いわけでもない、涙自身を試すかのような。


 涙が連れてこられたのは学校。

 6限の途中なのか学校は静かで人気ひとけもない。


「まだ進むのかよ」


 悪態をつきながらもついていく。

 気持ちは好きな人を、好きだった人を助けたい、ただその一心で。


「ここ、は?」


 涙は確かに青い鳥に誘われて学校の中に入った。

 そして、そのままついていき図書室に入って、あちらへくねり、こちらに曲がり、どこをどのように進んだかはわからない。

 涙の目の前には古ぼけた木の扉が現れていた。


「青い鳥は、いない。ならここが噂の雨のフル本屋。雨の降る本屋って意味と古本屋のどっちかな?」


 そんなしょうもない事を考えながら扉をくぐる。


「何しに来た?」

「時を越えたい」

「時を越えたいとな?」


 その声の主が姿を現す。

 カエル。


「カエル?」

「カエルはカエルでとシト、という名前がちゃんとある。お前の涙のようにな」

「なんで名前を?」

「そんなの、来るのがわかってたから」


 当たり前の事を聞くなという感じで怒るカエルのシト。


「さて、無条件という訳にはいかない」

「僕があげれる物ならなんでもあげますので」

「なら」


 シトはカエルでありながら厭らしい笑みを浮かべて、


「お前の記憶を頂こう」

「待ってください。記憶は無くしたら助けられない」


 涙にとっては大事な大事な記憶だ。

 実莉の事をやっと思い出した今、記憶をとられるのは相当に不味い。


「なにか勘違いしているようだが、記憶を頂いてもお前の記憶が無くなるという訳ではない」

「な、なんだ。よかったー」

「まぁ、2度目は無いがな」


 涙は安心して時を越えれる訳だ。


「じゃあ、行ってらっしゃい」



 ※



「ここは」


 涙は学校にいた。

 時計を見ると17:50を指している。

 それが意味するのは、


「ギリギリだ」


 涙は急いで学校を出る。

 誰のか分からない傘を持って走る走る涙。


「助ける」


 その言葉は熱を帯びて体に力を与える。


「好きだ」


 涙は、また好きになった。

 話しかけてくれた事、覚えててくれた事、死んでしまった事。

 どれが理由か、分からない。

 けど、また初恋と同じ恋に落ちてしまった。


 交差点、遠くの方からトラックが来るのがわかる。

 そして、交差点の真ん中には、


「みのちゃん」


――――なんにも怖くない。


 勇気を振り絞り交差点に足を踏み入れる。

 すると涙は赤い水溜まりを思い出す。


――――なんにも怖くない。


 それをかき消すかのように1歩、また1歩と前に進んでいき。


「みのちゃん」


 涙は実莉の手を引き交差点から抜け出す。


――――ドゴーーンッ


「あれ? 涙くん?」


 トラックは建物にぶつかり、前と同じだったら命はないだろうと涙は思う。

 それよりも大事な事。


「大丈夫、みのちゃん」


 涙は持っていた傘をさして実莉に渡す。

 その涙の声は多くの色を放ち輝いていた。


「ありがと、ありがと。涙くん」


 喜び、喜び、喜びの色で包まれた言葉が涙の心に届いていく。

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