救えない命と降り続ける音



 気がつくと、俺は列車の中にいた。

 所謂いわゆる、観光列車と呼ばれるやつの一室にいた。


「外は」


 トンネルの中なのか暗く様子が見えない。


「状況がわからない」


 とりあえずは俺の自己紹介といこう。

 俺は……名前が思い出せない。

 つ、次だ。

 次は持ち物を……布? に包まれた……血の付いたカッターナイフ?


「うわぁぁ」


 男は手に持ったカッターナイフを床に落としてしまう。


 ――――ドンドンドンッ


「大丈夫か! 目が覚めたのか!」

「ッ! だ、大丈夫だ。す、少し取り乱しただけだ」


 男は急いで果物ナイフをベッドの下に隠してから扉を開ける。


「本当に大丈夫なのか?」

「心配をかけました」

「君は?」


 声をかけてきたのは、男よりも若干歳を食ってるサラリーマン風の男。


「学生さんか。名前は?」

「すみません、名前を思い出せなくて」

「そうなのか。俺は明智あけち桔梗ききょうだ。他のみんなも集まってるから行こう」


 桔梗に言われて男は移動する。

 食事が出来るような軽い広間に行くと、男女含めて4人がいた。


「その子で最後だね」

「そうだと思います。けど、どうやら名前が思い出せないみたいで」

「それは大変だね……仮の名でも決めとくか」


 桔梗は1番偉いのか老婆の顔色を伺っている。

 男はその姿がどうにも気味が悪いと感じてしまう。


「仮の名の前に自己紹介を。私は石黒いしくろ百合ゆり


 百合は次に自己紹介する人を指名して、


「は、はい。芝崎しばさきさくらです。よろしくお願いします」


 眼鏡をかけたOLらしき人。

 何に対しての「よろしくお願いします」なのかわからないが、男含めて全員が律儀に返した。

 次も百合が自己紹介する人を指名して、


「私は佐藤さとうあかね。覚えやすいでしょ? よろしくね」


 茜は男と同じで制服姿の女の子。

 髪はベージュに染められギャルという印象を受ける。

 最後に、


落合おちあい小雪こゆきです。えっと、えっと、よろしくお願いします!」


 この中で1番の最年少で、可愛らしい制服を着ているから私立の小学校だろうか。

 背的にも小学校高学年くらいだろう。


「で、お前さんは覚えてる事は?」

「俺は」


 ズキンッと頭が一瞬痛むがすぐに治まってくれた。


「高校生というのは覚えています」

「そうか。同じような感じだな」

「同じ、ですか?」

「あぁ、そうさね。皆記憶が曖昧なんだ。または言えない過去があるのかもしれないが、ね」


 言えない過去と聞いて男は何かを思い出しそうになったが、結局頭の痛みと一緒に消えてしまった。


「ここにいる人たちは花が多いから花でいいか。好きな花は?」

「俺の好きな花は……思い出した」


 男は急に自分の名前を思い出した。

 いや、思い出せた。


「俺の名前は大草おおくさ飛燕ひえん

「よかったな、思い出せて。さて、全員が揃ったから状況の確認をしよう」


 そう言って、百合は喋り始めた。

 大体は飛燕と同じで目が覚めたら部屋にいたこと。

 そこから少しずつ思い出して名前を思い出せたこと。

 そして、今の状況に至ったこと。


「この列車は動いていないんですね」

「言われてみれば、けどドアは開かないから出られないん――――」


 ――――キキキキッ ガコンッ


 その音と共に少しの揺れと列車が走り出す音が聞こえ始めた。


「動いちゃった」

「ま、待っていたようですね」


 茜の独り言に桜が答える。

 桜の言った通り、皆が目を覚ますのを待っていたみたいだ。

 すると、外の景色も見え始めたが、森、森、森。

 木々に囲まれた森を走っていて結局は面白味も何もない風景だ。


「とりあえずは全員同じ場所にいた方がいいですよね?」

「そうだね、たまには良いことを言うじゃないか」


 桔梗と百合との上下関係がよくわかる。

 でも、少ない時間でなんでこんなに従順なのだろうか。


「お腹空いた」

「そうか、小雪ちゃんはお腹が空いたか。誰か料理を出来ないか? 隣に調理場がある」


 百合は小雪に対して結構なデレを見せた。

 もし、百合に孫でもいれば小雪くらいの年齢だろうな。


「私が作ります」

「えっ、じゃあ私もー」


 桜と茜は2人で隣の車両に行ってしまった。


「えっと、明智さん?」

「桔梗でいいよ。どうしたの、飛燕くん」

「その、なんで百合さんが1番偉いんですか?」


 飛燕は一応、気を使い小声で聞いてみる。

 すると、なんとも理不尽な答えが返ってきた。


「1番最初に目が覚めたからだよ。その次に小雪ちゃん。次に俺で、桜さん、茜ちゃん、飛燕くんの順番だ。俺と小雪ちゃんの間は1時間くらいあったそうなんだよ。だから、ほら」


 桔梗が指さした方では、百合が小雪の遊び相手をしている。

 遊び相手と言っても、小雪が話を聞いてあげるという何ともおかしな関係だと言える。


「逆じゃないですか?」

「だよな、俺もそう思うんだが、お互いが特に不満もないらしいんだ」


「お待たせー」

「お、お待たせしました」


 するともう茜と桜は戻ってきた。

 時間にして5分もかかっていない。


「冷凍の物しか無かったので」


 そう言いながら桜は並べていく。

 冷凍とは言っていたが、無いよりは数倍良いだろう。

 それにこんな状態だから文句は言っても仕方ない。


「いただきます!」


 相当お腹が空いていたのか、小雪は飛び付くようにして冷凍炒飯を食べ始める。

 それにならい、飛燕を含めて他の面々も食べ始める。


 ズキッと頭が一瞬痛くなった気がして、飛燕は意識を手放した。



 ※



 目が覚めると部屋に戻っていた。

 それと置き手紙で、


『急に意識を失ったから部屋に運んどいた。今後はなるべく不干渉という事で決まったから部屋で大人しくしてること。水はある程度は置いとくから』


 と、机の下に何本かのペットボトルが置いてあった。


「不干渉、か」


 俺は意識を失ってた間に何かあったのか?

 いや、今はそんな事よりも甦った記憶だ。


 俺は人を殺した。

 あれはしょうがなかったんだ。

 そう、相手がお金を出せと言っても出さなかったから。

 だから、ベッドの下に隠したカッターナイフで喉を切りつけたんだ。



 ※



 ――――ガチャ


「百合さん……」

「あっ」


 小雪は百合の部屋と間違えて他の人の部屋に入ってしまった。

 1人は心細く、百合を頼ろうとしたのだが、それは大きなミスと言えよう。


「止めて」

「飲んで。これを飲んでくれればいいから」


 小雪の口に小瓶が当てられ、中に入っている液体が口の中に流れこみ、そのまま喉を通っていく。


「がぁぁ、痛い痛い痛い痛い痛い」


 猛烈な痛みが小雪を襲う。

 それだけに止まらず、眩暈や体の痺れ。

 体が弱っていくのが手に取るようにわかる、わかってしまう。

 小学5年生にして、死の恐怖に勝てるはずもない。

 そのまま1分もしないうちに心臓は止まってしまった。


 小雪が部屋に入って見たのは、血だらけの服と、それに包まれていたであろう誰かの腕。



 ※



 流石に1日中を部屋で過ごすのは退屈過ぎる。

 スマホがあるわけでも、本があるわけでも無い。

 あるのは血の付いたカッターナイフのみ。


「護身用として持っとくか」


 飛燕は布で血を綺麗に拭き取ってから内ポケットに仕舞う。


 ――――トントントンッ


 急なノックに驚きビクッとなったが、冷静を装って扉を開ける。


「お願いがあるんだが」

「はい、なんですか? 百合さん」

「流石に1日中部屋の中は辛いだろうから、やっぱり広間に集まろうと思ってね」

「わかりました」


 どうやら、1番端が百合で、次が飛燕となっていて近いから頼んだのだろう。


 飛燕は百合の車椅子を押しながら次の部屋に行く。


 ――――トントントン


「桜さん」

「はい、飛燕さんと百合さん?」

「やっぱり広間に集まるそうです」

「わ、わかりました」


 次に茜の部屋をノックすると、最初は嫌々そうにしていたが、すぐにオーケーしてくれた。

 寝起きだったのだろう、目が虚ろだった。


 次に小雪の部屋を、


 ――――トントントンッ トントントンッ


 何度ノックしても、呼び掛けても返事が無い。


「飛燕は扉を蹴破れるか?」

「わかりました」


 喧嘩は得意だった事もあり、扉を簡単に蹴破ることが出来た。


「小雪ちゃん?」


 飛燕は軽く揺すってみると、固く動かない事に疑問を覚えた。

 いや、わかっているはずだ。

 人の死体を見るのは初めてじゃないのだから。


 それだけならよかった。

 が、小雪の右腕は肩から斬られて無くなっているのだ。


「小雪ちゃん? 小雪ちゃん?」

「百合さん!」


 百合は車椅子から転げ落ちるようにして小雪に近づく。

 それを飛燕が支えて小雪に近づけてあげる。


「みんなー、来てください。急いで来てください」


 飛燕は大声で他の人を呼ぶ。

 特に意味はない事をわかっていた。

 が、他に出来ることもすることも無いのが現状。


 すぐに全員が揃ってくれた。


「酷い」

「亡くなってるの?」

「なんでこんな」


 飛燕も含めて、ここにいる5人の内、4人の想いは1つだろう。

 この中に犯人がいる。

 小雪の死体には首を絞めたのか赤くなっていて、口の中は火傷をしていてグジュグジュしている。

 これを自殺と考える人は誰1人としていなかった。


「誰がやったんだ?」


 百合が車椅子にいそいそと戻ってから聞く。

 全員が全員お互いの顔を見る。

 誰が犯人なのかを、そんな心に囚われ誰も信用出来なくなる。


「今後の被害を出さない為にも全員で行動しましょう」

「それが1番だろう」


 桔梗は百合に提案し、それが承諾されたのをホッとした。

 そして、誰1人としてお互いの部屋を確認しようとは言おうとしない。


 そのまま広間へと移動する。


「……」


 誰も口を開こうとはしない。

 嫌な空気と沈黙が部屋に充満していく。


 ――――グゥゥゥ~


 誰かのお腹の音がなり、


「皆で調理場に行こう」


 百合の一声で全員移動する。

 調理場、とは言った物の、冷蔵庫と鍋やフライパンはあるが、ナイフは何処にも無かった。

 飛燕としては、護身用としてナイフをいくつか盗っておきたかったが、そうはいかない。


 ――――チンッ


 電子レンジがなり、全員分の料理が準備出来た。

 みな、離れた場所に座り、お互いがお互いを牽制し合っている。

 もちろん飛燕も近寄るなオーラを出して食事する。



 ※



 私の勘はよく当たる。

 小雪ちゃんを殺したのは茜ちゃんだと思っている。

 理由は1つしかないが、茜ちゃんの行動は「媚び」るような感じがしたからだ。

 例えば、私が料理を作ると立候補すると負けじと立候補したり、小雪ちゃんが美味しそうに炒飯を食べると負けじと大きな声で「おいしぃー」と言ったりと媚びるような行動が見てとれた。

 全員で纏まって行動してるから、殺されることはないだろうが、私も狙わね兼ねないだろう。

 この食事の後にチャンスがあれば良いけど。


「このまま全員ここにいてもらうよ」

「あの」


 私にあるチャンスはここしか無い。


「どうした、桜」

「トイレに行ってもいいですか?」

「あぁ、行ってきていいぞ」


 トイレには洗剤やら色々とあった。

 それで色々と出来るはずだ。



 ※



 時間だけが過ぎていく。

 

「流石に遅くないですか?」

「ん……言われてみればそうだね」


 桜が出てから30分は経っている。

 人が1人死んだ状態で、次に殺されるのが桜でもおかしくはない。


「行きましょう」


 桔梗は百合の車椅子を押してトイレや部屋が並ぶ列車に行くと、


「うわっ」


 プールの匂い……塩素の匂いが充満している。

 飛燕は急いで小窓を開けて換気を始める。


「おい、あれ」

「なっ」


 桔梗はトイレの前で倒れた桜を指さしていた。

 誰かがトイレの洗剤か何かで毒を作ったのだろう。


「俺が行きます」


 飛燕としては柄でも無い行動だが、そんなことを気にも止めない。

 口にハンカチを当てながら近づいて、桜を引きずるようにして広間に逃げる。


「ダメです」


 桔梗は桜の息を確認したが、ダメだったみたいだ。

 死んでいる。 


 残るは飛燕を含めて4人。

 全員が全員「疑心暗鬼」になり、お互いの顔色を伺っている。


 いや、1人だけは違った。


「クックックックッ」

「桔梗、さん?」

「あぁ、ごめんごめん。仲間がいるって思ったらさ、ついね」

「仲間ッ」

 

 急な頭の痛みと甦る飛燕の記憶。

 連続殺人鬼で指名手配中の明智桔梗である事を思い出した。


「動くなよ?」


 桔梗が出したのは大きな鉈で、飛燕が持つカッターナイフでは太刀打ちも出来ない。

 桔梗は「誰にしようかな」と3人に指をさしていき、


「お前が、お前が小雪ちゃんを殺したのか!」

「ん? そうだが何か? 見られたんだから仕方ねぇだろ? そうだな。百合さん、アンタからにしようッ」


 そう言って鉈を振るい百合の右腕を切り落とす。

 ズシャと血が流れ出し、強烈な痛みにに悶え苦しんでいる。 


「余計な事は考えるなよ? この列車がどこまで行くかわからねぇ以上食料の確保は大事だからな」


 桔梗は百合に興味を失ったのか、クルリッと飛燕たちの方を向き、どちらを切ろうか悩んでいる。


「い、いや、いやぁぁぁ」

「逃げんなよ!」


 逃げる場所なんて無いのに逃げ出した茜を桔梗は追えば、茜はすぐに捕まる。


「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ」

「大丈夫だ。すぐに終わるからよッ」


 ガギッと床を切りながら、茜の右腕までも切り落とした。

 流れからいけば、桔梗はすぐ飛燕をターゲットにするだろう。


「こ、これを」

「ッ!」


 百合は最後の力を振り絞ったのだろう。

 車椅子の下に隠してあった物を飛燕に託す。


 託された飛燕はそれを、得物を持って桔梗の首を後ろから刺す。


「いやぁぁぁぁあ」


 茜は血がかかり悲鳴をあげるが構ってる暇はない。

 飛燕はすぐにカッターナイフを目に突き刺してから離れる。


 ――――バタンッ


 血がドクドクと流れ出している。

 桔梗の血と茜の血がドクドクドクドクと混ざり合い、混ざり合い流れていく。



 ※



 気がつくと俺は1人だった。

 百合さんと茜は出血死で、桔梗は俺が殺した。

 これで人殺しは2度目になるのか。


「ッ」


 頭痛が……まただ。

 また記憶が甦ってくる。

 石黒百合、事実かどうかは知らないが夫を殺して逮捕されていた。

 芝崎桜、過剰防衛で何人も殺して逮捕されていたが、すぐに釈放されてたっけ。

 佐藤茜、イジメをして自殺まで追い込んだが、教師の弱味も握っていたとかなんとかで揉み消したとニュースになっていた。

 落合小雪、家族は入ってきた泥棒に殺されたと言われていたが、結局は小雪が殺したとニュースになっていた。


「全員クソ野郎かよ」


 そんな言葉が俺の口から漏れる。

 そうだろ?

 俺だって人を殺していた。


 ――――ガコンッ


 一瞬の浮遊感。


 外の景色は下から上に流れていく。



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