第39話 衝突

 蘭国の城門前であった。

 森を抜けて来た清次郎の部隊が、灯馬たちの前に姿を見せている。

 国を囲む防壁の上からも、清次郎たちを見た兵士たちの声がガヤガヤと上がると、慌ただしい様子を見せていた。

「ま、まさか次梟さんたちが……」

「馬鹿っ! そんな筈はないだろ!」

 そうやって話す兵士たちの動揺が届くと、灯馬は声を張り上げて渇を入れた。

「落ち着けっ! 今はここを守る事だけに集中をしろ!」

 その言葉を聞いた兵士たちは、ピタリと会話を止めたが額に脂汗を流して、不安そうな表情を浮かべている。大勢の喃兵たちを目の前にして、自分が死ぬかも知れないと言う現実が味を帯びて実感となっていた。

 灯馬自身も次梟の事が気にならない訳ではない。

 だがあまり被害を受けてなさそうな清次郎たちの部隊を見て、次梟がやられた訳でないと言う確信と気持ちがどこかにある。相手を無傷でただ通すような真似だけはしないのが次梟だと知っていたからだ。

 灯馬が一つだけ心配なのは、この部隊にも鬼の存在があるのかとそれだけだった。

 相手が人であるならば、次梟がそう簡単にやられる事はなかったが、鬼であれば話はまるで別になる。

 そう思い、灯馬の考えに不安が過ろうとした時、その隣に居た鳳歌が話を振った。

「あの次梟ひとなら大丈夫ですよ」

「鳳歌……」

 鳳歌の言葉は、自分の大将を信じていると言う事もあったが、不安を見せた灯馬の心配を払う意味もあった。

「……良いのか? あんたたちは──」

「ははっ、良いんですよ。どうせあの人は言っても聞かないですから」

 鳳歌はそう言って笑った。

 本当ならば次梟を守る為の鳳歌と梟華隊である。だがその兵士たちは今、灯馬と同じように城門の防衛をしている。次梟の命令であった。

『──鳳歌。お前たちは灯馬と一緒に蘭国に入る城門を守れ』

『えっ……しかし』

『もし万が一何かがあった時、あいつだけじゃ頼りねえからな。こっちの方は俺だけで十分だ』

 その言葉は、灯馬を弟のように可愛がっている次梟の手助けの意味がある。だがそれだけではない。

 また前と同じように鬼が現れた場合、自分の仲間を守りながら戦う事が難しいと言う考えもあった。

 その時は、自分が刺し違えても灯馬たちを生かそうとする次梟の配慮である。

 鳳歌に言いたい事は山ほどあった。しかし次梟がこう言い出した時点で、何を言っても無駄であると知っていた為にそれを諦めた。

『……わかりました。ただ一つ、次梟さんに何かあれば我々も勝手に動きますよ?』

 鳳歌は、それだけを言うと細やかな抵抗を見せる。

『はっ……好きにしろ──』

 次梟は、そう言い残すと森の先へと向かって行った。

 そうまでして灯馬の事を気にする次梟に、鳳歌は少し嫉妬をしたがそれも隣に居る灯馬の姿を見て、穏やかなものに変わった。

 口調は荒いが自分よりも仲間の事を思う。そうやって不器用な人付き合いを見せる灯馬の姿は、次梟のそれによく似ていた。

 次梟が灯馬を放って置けない理由である。

「──か? おいっ鳳歌!」

「……え? あ、すいません。なんでしょう?」

 灯馬の声が聞こえた鳳歌は我に返る。

「おいおい、頼むぜ。アイツらそろそろ来るぜ?」

「あ、すいません。はい。それじゃあ、まずは兵士たちに弓を飛ばすように指示を出しましょう。敵の隊を率いている大将を狙う為に、その周りに居る戦力を削ります。頭さえ落としてしまえば、さすがに無理をしてまで攻めて来るとは思えませんので……それでその大将首、お願い出来ますか?」

「ああ、了解した」

 二人はそうやって話したが、そう簡単にはいかなかった。大将は、普通の者ではなく清次郎である。そしてそれだけではない。

 まず手始めに、鳳歌が兵士たちに向かって弓を飛ばすように指示を出そうとする。その時であった。

 突然、鳴り響いた爆発の音がドゴゴゴォと地を揺らして灯馬たちを驚かせる。

「なっ──!」

 慌てた灯馬たちがその方角を見ると、そこは蘭国の東の空──。

 その下にある地上から煙りがモウモウと上がると、それは柱となって空へと伸びようとしていた。

 激しく鳴った破壊の音は、防壁を壊すのに十分な威力があったのがわかる。そしてその場所を行くには、蘭国の者でも踏み入れる事がない大森林を進む必要があった。険しい道のりである。抜ける意味もあまりない。今、清次郎たちが姿を見せている場所の森を通れば、すぐに蘭国へと着けたからである。

 迂回をしてまで大森林を抜けるだけで、それこそ徒労と時間の無駄であった。これまで、喃国がそこを通った事もない空虚の道筋である。

 だが清次郎はそこに兵を進めた。

 意表を突くと言う意味だけでなく、城門を守る灯馬たちを相手に時間をかけず、目的である城だけを狙いにかかっていた。それは蘭国の城主、狢伝の首を取ると言う強い意志の表れでもあった。

 灯馬は、予想をしていなかった清次郎の戦術に動揺した。蘭国の中にも兵は控えていたが、その場所から侵入をされると城下町の被害は格段に大きくなる。そしてそうなると想像が出来た。ただの民である者たちが襲われて死に至る。灯馬は慌てた。

「ほっ、鳳歌っ! お前たちは向こうを頼む!」

「えっ……そっ、それではここがっ──」

「これは命令だ!」

「わ、わかりました。お前たち行くぞっ!」

 鳳歌たちの梟華隊は、次梟に従う独立した部隊とは言え、今ここの指揮権は灯馬にある。鳳歌に逆らう事は許されなかった。次梟に頼まれているなら尚更である。

 鳳歌は、仲間たちに声をかけると指示をされた場所へと向かう。そして最後に「危険だと判断すれば一旦は退いて下さいね」と灯馬に告げて、城下町を守る為に門から中へと入っていった。

 すると清次郎の部隊が灯馬たちへと襲いかかる。

 合戦の声が大きく入り乱れた。

 国の侵入を防ごうとする蘭兵と、城を落とそうとする喃国の兵で、辺りは一気に戦場と化す。


 国の中へと戻った鳳歌は一人、灯馬の返事を思い出していた。

『ああ、俺もやばくなったら逃げるさ』

 灯馬が退く事はおそらくない。例え相手と刺し違えたとしても食い止める。そうやって笑った灯馬の笑顔も、また次梟とそっくりであった。

「勝てないなあ……」

 鳳歌は、ポリポリと頬を掻きながら呟いた。

 そしてそれを聞いてしまった仲間の不思議そうな顔を見ると、鳳歌は「あ、こっちの話です。それよりもこの先、民を守りながらの戦いになる。絶対に気を抜くな!」と激を飛ばした。それはまるで自分に言い聞かすようであった。

 

 一方、その頃──。

 灯馬は、馬に乗ってゆっくりと進む清次郎の姿を見つけていた。

「へっ、大将は俺とそう変わらない歳か? まずはお手並みを見せてもらおうか」

 溢れそうな覇気を消して忍び寄ると、灯馬は清次郎へと戦いを挑んでいく。

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