第38話 山に鳴る鎮魂曲

 蘭国の南西に位置する『鬼木の山』。

 その山の頂きには鬼たちの姿があると、東の方角にある荒れ地を見下ろしていた。

 そこには人間たちが殺し合う姿が見えると、屍が溢れかえっている。

 四本ある内の両腕二本で腕組みをすると、残りの腕を頭に回して大木にもたれている赤鬼の姿。腰巻きを付けただけの肉体は、背にある大木とそう変わらない太さの大きさである。

 灯馬に付けられた上右腕の傷は癒えていたが、頭に生えた角二本の右は短いままである。

 阿修羅は、人間をひと噛みで絶命させるほど生え尖った牙を見せると言った。

「……勿体ねえな。無駄に命を落としてるぐらいならこっちに回してくれりゃあいいのによ」

 生きてる時に比べると、死んだ人間の味が極端に落ちるからであった。

「仕方ないだろう。昔から人間はそんなものだ」

 阿杜は、長い爪を地面へと擦りそうなほど垂らしながら、阿修羅と同じ赤の肉体を晒している。

 否定的な返事とは言え、無意味に争い始める人間の行動に理解出来ないものがあると言う事では同じであった。

 鬼たちの中でも争いがない訳ではない。が、それはぶつかった互いの意思を決める方法であって、無駄に同じ種族で争ったりはしなかった。力のある鬼が支配をする。単純な図式である。

 人間の争う事情が、阿修羅や阿杜の鬼たちにはわからないでいた。同じ種族の者でありながら、別れて過ごす意味すらわからないでいる。

 その行動は、童羅たちが警戒をする黒鬼のそれと変わらないものであった。

「……どうするんだ?」

 黙っていた護羅无が口を開いた。

 その言葉の意味がわからなかった阿修羅たちは、護羅无へと視線を向ける。すると、童羅が答えた。

「……いまは動く訳に行くまい。この間の件もある。他のものたちにも伝えておけ。今は山から降りるな、とな」

 童羅の言う件とは、亜羽流が狢伝に狙われた事であった。その思惑が千里を襲っているものが山の鬼であると知る為なのか、それとも別の目的があるからなのかと。童羅にそれは読めないでいたが、今の状況で動くのは危険だと判断をする。

 だが千里の持つ石を奪う事は、童羅たちにも重要な問題であった。それは東山の結界だけでなく、黒鬼たちを封じる為にも必要な物だったからだ。

 護羅无は、それをわかった上でどうするかと童羅に聞いていた。そしてその童羅の判断を聞いた護羅无がぼそりと呟いた。

「……また石の場所が変わらなければいいがな」

 その言葉は、今起こっている争いで蘭国が滅びる可能性と、人間の女が死んで石の在りかがわからなくなる可能性を指していた。

「──だから亜羽流なんかに任せず初めから俺たちが行ってれば良かったんだ。あれなら今からすぐにでも行ってやるぜ? あの狼……人間だけは生かしちゃおけねえ」

 阿修羅は、灯馬の姿を思い出すとカッと恐ろしい表情を見せる。

 そんな阿修羅の悪態を亜羽流は黙って聞いていたが、考えるのは千里の事だけであった。

「だが今さら嘆いていても仕方あるまい」

 童羅はそう言うと、そのまま渋った様子の阿修羅と阿徒を連れて里の中へと戻って行く。

 グニャリと歪んだ空間のねじれが元に戻ると、周りにある緑の木々がザワザワと揺れる。

 場には亜羽流と護羅无だけが残っていた。

「……」

 亜羽流は、不安そうな表情を浮かべながら人間たちの争いをずっと眺めていた。

「……女を救いたいか?」

「──!」

 亜羽流が護羅无に視線を向ける。

 護羅无は、そんな亜羽流の様子を見ると忠告をした。

「……今度ばかりはお前の勝手を見過ごす訳にはいかんぞ」

「……」

 自分から山に入って来た千里の時とは違って、今回は直接的に人間側に加担する事になる。

 それは掟、山の鬼全体の問題として大きく関わる事になる。護羅无は、童羅と同じく山を束ねる鬼として亜羽流の勝手を許す訳には行かなかった。

 亜羽流は、それに返事をしなかったが、護羅无は「その時は覚悟しておくんだな」とだけ言い残し、里へと姿を消していった。

 里の中へと続く空間の歪みだけがぼんやりと残っている。そよ風が渦が巻いて落ちた葉を舞わせると、それは漂いながらゆっくりと落ちていった。

 亜羽流は、側にあった木にもたれかかると、袖から笛を取り出した。騎助から貰った物であった。

『亜羽流にやるよっ! だけど今度は俺にも笛を教えてくれよな! 絶対だぜっ!』

 そう言った騎助の顔は、千里に負けないほど眩しいものであった。

 優しい風が吹くと亜羽流の青い髪がふわりと靡いた。

 亜羽流は、蘭祭で演奏をした事を思い出しながら笛を吹く。その音色は、山の下で失われていく兵士たちの魂を癒すよう静かに響き渡っていった。

 美しく、そしてどこか哀しい旋律であった──。

 亜羽流は、曲を奏でながら千里たちの無事を祈ると共に、何かあれば自分の足を止める事が出来るだろうかそう考えていた。そしてその答えはすでにわかっている。おそらく止める事は出来ないだろうと。

 しかし、それからすぐに蘭国城門から煙りが上がる事になる。

 その場所は、清次郎と対面した灯馬たちが守る場所であった。

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